唐門を くぐれば楚々と 花水木

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When going through the degnified gates of the temple, the modest and beautiful flowers of Hanamizuki in contrast to it is blooming in full bloom.

さくら、さくら、さくら、桜が満開です。もう桜だらけ。

そんな中、唐門の立派なお寺に入ると先にはやはり桜が咲き誇っています。手前の玉砂利を右に辿るとピンクと白のハナミズキが対を成して咲いていました。ほっとします。楚々とした佇まいが安堵をもたらすからです。

桜も一つ一つの花は可愛らしく、花水木の花に比べてもか弱げにさえ見えます。しかし、いったん一本の桜となると違います。絢爛というか、堂々としているというか、か弱さのみじんもありません。ましてや、それが何本、何十本となると圧倒されるほどの豪華絢爛振りです。しかし、そんな桜もいったん春の嵐に見舞われると、そうでなくても、せいぜい1週間か2週間、瞬くうちに散ってしまいます。

その姿はまるで日本人そっくりです。一人一人はおとなしく、目立つことを好みませんが、いったん集団になると違います。怒涛の如く戦後日本を立て直し、20年も経たずして世界第2位の経済大国にのし上がり、幾多の災害にも耐え、復興し、すべて集団としての日本人の底力です。

そして生き様。ぱっと咲いて、ぱっと散る、その桜の生き様を好しとする心意気が古来日本人には流れ続けています。

その点、花水木はまるで対照的。楚々としてはいますが、芯は強そうで、花咲く期間も長く、多少の風には散りません。花水木はやはり女性です。だから安堵するのです。

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