複雑な 思いで秋刀魚に 舌鼓

We had a good catch of sanma, saury, this year. And it is delicious. But seeing it, I remember the earthquake in Hokkaido.

今年は例年になく秋刀魚が豊漁だそうです。

平成20年(2008年)には30万トンを超えていた漁獲量が年々減り続け、昨年は10万トンを切ったそうで、今年は7月時点では更にそれを下回ると予想されていました。

ところが意外や意外、8月下旬の水揚げが昨年を大きく上回り、昨年の20万トンも超えるかもしれないと思える状況だったそうです。

スーパーではこの時期、冷凍物で一尾100円前後、新物で180円前後で売られていたものが、今年は新物でも100円を切るかもしれないと予想されていました。

しかし、北海道のあの大地震。一時は北海道全道が停電になり、一般家庭はもちろん、北海道に進出している企業が大打撃を蒙りました。

秋刀魚もいくら水揚げがあっても冷凍設備が言うことを聞かなければ一時保存もできないし、輸送手段もままならない状況では、せっかく取ってきた秋刀魚も陸揚げできないで捨てるしかない。豊漁がかえって仇になる状況が続いています。

今日は、秋刀魚の新物を出す店で食事を取りましたが、やはり美味しい。いつもの年よりも何倍も美味しい気がします。

不思議ですね。たくさん取れる年の秋刀魚はなぜ美味しいんでしょう。

しかし、秋刀魚の目を見た途端に北海道のことを思い出し、涙が出てきそうになりました。いけない。味わい深くいただこうと・・・。

逝く夏を 目にしっかりと 八重ムクゲ

A double-flowered Mukuge is in full bloom as if missing the end of the summer. Although it was a summer with many disasters, I feel nostalgia.

台風21号が去ってからも愚図ついたお天気が続いています。朝晩はすっかり涼しくなり、もうすっかり秋の気配です。

岸和田のだんじりも今日が宵宮、明日、明後日が本宮です。と言っても、実は岸和田のだんじりは、「9月祭礼」と「10月祭礼」に分かれています。「9月祭礼」は海側、「10月祭礼」は山手で、マスコミなどで取り上げられるのは「9月祭礼」の方。

日本の三大喧嘩祭りの筆頭に掲げられるほど荒々しいお祭りです。「です。」と言いましたが、正確には「でした。」で、昔は必ず死人が何人も出たほどで、喧嘩祭りのNo1に祭り上げられたのですが、今は怪我人を出してもいけないと細心の注意が払われています。それでも街角の要所要所や電柱には防御用の紅白幔幕が貼られ、いっそうお祭り気分を盛り上げています。

街中いたるところに櫓提灯が立ち、夜には灯も灯りました。だんじりを収納しておくだんじり倉庫の扉は開けられ、朝早くから練習の笛や太鼓の音が聞こえてきます。

今のご時世、普段は、街の商店街も大型スーパーもすっかり人影が絶え、勢いが感じられません。老人だけがやたら目に付きます。しかし、この「だんじり」の日だけは違います。街中が弾けそうなほど人で溢れ、駆けずり回り、歓声が鳴り響きます。起死回生といいますか、起死再生といいますか、一気に街が蘇ります。

遠くから祭り囃子の音が聞こえる中、近くの里山で今年最後のムクゲが目に止まりました。

祇王寺の どなたの化身か 秋海棠

The flowers of Shukaido are in blossom in the precinct of Gioji temple where the rain falls. The flowers that shake their heads each time they get hit by raindrops make me think of the incarnation of Gio nun.

♪♪♪ 嵯峨野さやさや♪♪♪

京都嵯峨野は関西屈指の観光スポットです。四季を問わず京都を訪れる観光客は今では毎年5000万人を超えています。そのうち外国人観光客は10%の500万人くらい。狭い地域に日本のあらゆる文化が閉じ込められていて、まるで盆栽を見るよう。訪れる外国人客は一様に感嘆します。

誰もが知っている源氏物語、平家物語の世界が今にまで残っていて、ここに掲げた祇王寺にまつわるお話は平家物語中でも圧巻の場面です。

時の権力者清盛の寵愛を受けた仏、妓王、妓女、そして妓王姉妹の母、刀自が世の儚さを悟り、西方浄土に救いを求めた地がこの嵯峨野です。

今はこうして一大観光地に変わりましたが、平安時代の嵯峨野は京都の西のはて。原生林に囲まれたこの地には、きらびやかな世界に疲れた人たちや、世を厭う人たちが多く集まってきました。日本人の心の原点でもあるような地です。

春、夏、秋、冬、いつ訪れても季節季節の風情を満喫できますが、やはり秋と春が一番。

秋海棠は江戸時代に持ち込まれた花ですが、苔むす祇王寺の片隅に今ではすっかり溶け込み、訪れる人達の心を癒やします。

原色で この夏描く 秋野菜

What a vivid color the harvested autumn vegetables have! If you add autumn sky blue, it is correctly three primary colors.

懸念していた台風22号も日本のはるか南、台湾の南部をかすめて中国大陸に向かうようだ。現在中心気圧が905hpaというから、今年最大の台風である。もし日本に上陸したら、21号でこれだけの災害になったんだから、壊滅的被害を及ぼしたかもしれない。やれやれだ。

色の三原色は二種類あって、「光の三原色」と「色の三原色」だが、収穫したピーマンは「光の三原色」の赤と緑。これに秋の澄み切った青を加えれば「光の三原色」になる。三色加えれば真っ白。我々の住む世界はまさしく「光の三原色」の世界なのである。不思議な世界だ。3色を加えれば、どう考えても「色の三原色」のように黒もしくは濁った色になると思うのに、白になるんだから。

だから、真っ白の花は、太陽の光を取り込んで真っ白なんだ、とへんちょこりんな学説を語りたくなる。

前にこんな記事も投稿した。http://ces-inter.com/santa330/花の色は-2/

鮎が跳ね 釣り人ひとり 刷毛(はけ)の空

An angler is fishing an ayu, a sweetfisf, in the clear stream. The air also is clear and brush clouds are drifting in the sky and it is a sign of autumn all the way.

今朝方は寒くて目が覚めた。横着者だから夏布団のまま寝ていて、しかも窓という窓は開けたままだから、当たり前といえば当たり前だ。寝ぼけ眼をこすりながら間(合)の布団と毛布を取り出して横になるとすとんと眠りにつけた。

まだなんとも言えないが、こんな秋の迎え方は珍しい。いつもはこの時期まだまだ暑く、年によったら10月まで暑さが続いたように思う。今日の写真のような刷毛雲もだいたい10月ころに見かける雲で、そういう意味でも今年の秋の訪れは早いようだ。川下の先にまだ夏雲の名残が写っているが、海はまだ夏を留めているのだろう。

鮎も、一番美味しいと言われるのは夏の初めの鮎で、長良川の鵜飼に代表されるようにこの頃の若鮎は香りもよく「香魚」と呼ばれる所以でもある。

しかし、今のこの時期の鮎は「さびあゆ」と言って、橙色と黒が混ざったような色をいていて、香りも見かけも若鮎に負けるが、脂が乗っていてとても美味しい。

また、この時期の鮎を「おちあゆ」ともいう。産卵のため川を下り、そこで産卵受精して、一年という短い一生を終えることから付いた名だ。しかし、中には川で越年する鮎もいるそうで、それも全部雌だそうだから、

鮎も雌は強い。

 

ランタナも 一夏咲いて 実を結び

Lantana continues to bloom during summer and it bears fruit when it is around the end of summer. When all this fruit turns black, it is completely autumn.

季節の変わり目はこうしたぐずついた天気が多い。秋雨前線が日本本土を北に上ったり、南に下ったりしているからだ。上げ下げしているのは、北の高気圧と南の高気圧で、これが日本の上で勢力争いをしている。そこに時折台風がやってきて仲裁をするのかと思えば、かえって混乱させるからややこしい。

例年ならこの時期になると北の高気圧が急速に勢いづき勢力を張り出してきて、いわゆる秋晴れという日が続くわけだが、これも地球温暖化の影響で、相対的に北の高気圧は弱く、南の高気圧がいつまででも勢力を落とさないから、こうしたぐずついたお天気がだらだら続く。少し蒸し蒸しはするが気温がそれほど上がらないのがせめてもの救いだ。

今日のランタナも、梅雨の頃に咲き始め、ひと夏中咲き続ける強い花だが、黒い実をつけだしたから急速に秋は近づくだろう。

今年の彼岸の入りは9月20日で、23日の中日が秋分の日、26日が秋の彼岸のおしまい。この彼岸に合わせて確実に彼岸花が咲き始め、いよいよ秋だなと実感する。

皆が彼岸花に気を取られている頃も、ランタナは花を残し、実がすっかり黒くなると花は無くなる。そうすると人は肌寒さを感じ始め、冬の訪れを感じ始める。

巡り巡る季節はいつの年も変わらないけれども、そこに繰り広げられる人の営みは様々で、人も入れ替わる。

ゆく川の流れは絶えずして・・・

潮風に 残蝉(ざんせん)揺蕩(たゆた)う カフェテリア

While only typhoon and earthquake news are heard, I am relaxing comfortably in the cafeteria near the sea. The sea breeze is bringing the chirping of the cicadas that survived until autumn.

テレビやラジオから流れて来るニュースは台風と地震のニュースばかり。

そうした中の晴れた日の一日、海岸近くのカフェテリアで、ただただ、潮風が運んで来る残蝉の声を聞きながら、好きな音楽を聴ける有難さ。

幸不幸は紙一重。明日の我が身はまた知れず。

盛者必衰の理も、会者定離の教えもすべて天命と受け止めるには、未だその境地には達しえず。

のた打ち回って生きる見苦しさも忘れ、無我の境地のこの一刹那こそが最高の幸せの時かも知れない。

さて、またまた台風22号が発生したとのこと。今のところ台風21号と同じコースをたどっているが今後の進路は不明。今は中心気圧が985hpaであるが、最大910hpaに発達する見込みで、そうなれば今年最大の台風ということになり、今後の台風情報を注意して下さいとのこと。

野分にも 耐えて嫋(たお)やか 萩の花

The typhoon that knocks down big trees has gone, and the flowers of Hagi are blooming more energetically than before.

関西空港に向かう道路沿いの街路樹が沢山切られ、その真新しい切り口を道路に向けていて、とても痛々しく、また台風21号の凄さを思い知らされました。

その近くの公園に植えられている萩の花が、何食わぬ顔で涼しげに浜風に揺れています。

今年の萩は例年になく早く花開き、色合いも深いし、たわわです。酷暑と早い秋の訪れが作用したのかもしれません。それと今切られた街路樹がこの萩を強い浜風から守り、台風から守ったこともあったからかもしれません。

自然はこうして絶妙の調和を取りながら、明日もまた新しい展開を見せて行きます。

花陰から虫の鳴き声が元気に聞こえてきます。

よく咲いた 最後に実も付け 百日紅

 

As the name suggests, the crape myrtle continuing to bloom all over the summer only gets fruit at the end and then gets scattered. At the same time our summer is over, too.

今年の夏は災害で開け災害で終わる夏になった。

西日本に「数十年に一度しかない重大な災害が迫っている」とする「特別警報」が発令されたのが7月6日。全国各地で梅雨明け宣言が出る中での発令だ。そして大水害。今月9月4日の台風21号と6日未明の北海道大地震。

各地で40度を超える猛烈な暑さに異常気象。火山は爆発するは、まさに自然災害のオンパレードになった。

お陰と言っては誤解を招きかねないが、例年になく秋の訪れが早いようで、昨年や一昨年のように今の時期でも暑くて暑くてと言う日がないのが有り難い。

今こうしてこの日記を書いている最中に、スマホから「緊急速報」が流れてきた。またか!と覗いてみると、市からのブルー・シート配布のお知らせだ。屋根瓦が飛んだ家屋が結構あり、その応急手当用だ。

大阪でもまだ24万戸の家庭が停電しているという。信号機も停電したままだし、あっちに向いたりこっちに向いたりも直っていない。

北海道はこれ以上だろうと思うと書きながら涙がこぼれてくる。

 

あの台風 どうして凌いだ このカンナ

How did this Kanna withstand the violent typhoon yesterday? As if nothing happened it was dignified and blooming.

やっと停電が回復した。

丸一日、電気の無い生活がいかに不自由であるか知る思いだ。折れたり倒れたりした電柱が400本近く、それが原因だそうだ。阪神淡路大震災の時でも停電は起こらなかったように思う。

今日も幹線道路の国道26号線(大阪~和歌山)を走ったが大渋滞。信号機の灯が点いていない箇所がいくつもあり、点いていても向きが変わっていたりで機能していない。そんな交差点では、目算で横切ったり、右折、左折。これでは大渋滞が起こるのは当たり前。普段何の気無しに見ていた信号機の有難さが、ここでも知る思い。

家に電気が来ない。信号機が点らない。パソコンが使えない。スマホの電源確保に四苦八苦。電気がないからスーパーが開いていない、コンビニが開いていない。店という店が閉じている。

電気ひとつをとっても、その有る無しで生活が逆転するのが現代社会だ。便利で快適な裏側にはこのような脆弱さを抱えている。

それにしても、電柱が何百本も倒れ、何十万戸、いや、一時は百何万戸が停電するという台風の恐ろしさ、その停電を僅か一日で回復してくれる電力会社の人達の努力、教えられる事の多い一日になった。