ボストン美術館 日本の至宝

曾我蕭白の「雲龍図」は圧巻だった。
同時代の円山応挙や池大雅の繊細で伝統的な日本画法に比べたらまさに奇想天外で破天荒としか言いようのない、実物は縦165cm、横は10.8mにも及ぶ巨大な水墨画で、その画面をもはみ出しそうな勢いと力強くも精巧な筆遣い、それでいてどこかユーモアが漂う、これは並な画家ではない。
医者であり日本美術収集家であったビゲロー(1850-1926)が1911年にボストン美術館に寄贈した時以来、襖から剥がされた状態で保管されてきた巨大な龍が今回の「ボストン美術館展」のために修復作業が行われ公開が可能となったという、曰く付き鳴り物入りの水墨画だ。
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この曾我蕭白とて、1968年『美術手帖』誌で連載された辻惟雄の「奇想の系譜」で取り上げられたこと等がきっかけとなり、江戸時代絵画史に異彩を放つ個性的な画家として近年再注目されているとはいえ、ビゲローに見出されるまでは明治の時代にはほとんど顧みられることはなかった。
今回の「ボストン美術館展」では、日本に残っていれば国宝や重要文化財の指定を受けてしかるべき「日本美術の至宝」が数多く展示されたわけだが、ただ感動に浸っているだけでは済まない複雑な気分にさせられた。
ボストン美術館も、近代国家としてアメリカが勢いづく中、アメリカ独立百周年にあたる1876年開館に向けて海外美術品の収集に力を入れていたこと、時あたかも日本は明治維新を迎え、西洋崇拝が吹きすさび、神仏分離令から始まる廃仏毀釈運動により仏教寺院はもちろん、仏典・仏画・仏像の多くが焼かれ、壊され、反故にされようとしたことが、ちょうど凹凸合わさったわけだ。
日本のそうした美術品の多くに価値を見出したフェノロサとその教え子岡倉天心が救済に乗り出し、ビゲローのような資産家の篤志もあって、数万点に及ぶとされる日本の美術工芸品の名品がボストン美術館に運ばれ、ある意味、事なきを得た。
会場に入って直ぐ目についた弥勒菩薩立像などはその立居といい表現の素晴らしさといい、超1級の国宝ものだ。作者が快慶であることもうなずけるが、超1級の美術品では済まされないものがある。慈愛と気品に満ちた姿と像内に納められていたという経典からも窺い知ることは、作者はもちろん、この仏像に跪いてきた人たちの信仰の厚さである。どこの寺院でまつられていたのか、そして今もその寺院でまつられているのが本来のお姿であるのに、どういう経緯でボストンに運び込まれたのか、無性に腹立たしい気持ちが、菩薩様には申し訳ないが、起こってしまった。
ほかの展示作品群もみんなそうだ。本当に素晴らしい。繊細でかつ大胆、簡素でいて濃密、日本のそして日本人の美を極めた作品群だ。しかし、なぜ「里帰り」でしかまみえることができないのか。
明治維新とはいったい何だったのか。一方では確かに日本の近代化をアジアの諸国に先駆けてもたらしはしたが、一方ではこうした狂ったとしか思えない「焚書坑儒」が行われたのも事実である。
日本人とは?、また考えさせられる展覧会になった。

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