ただぬくもりが欲しかった~戦争孤児たちの戦後史~

 
NHKのテレビ番組『目撃!にっぽん』の8月13日版である。
今や高齢になった戦災孤児たちが、知られたくない過去、思い出したくない記憶、そんなつらい記憶をようやく語り始めたというドキュメンタリーである。
小倉勇さん、85歳は福井県敦賀市の爆撃で両親を亡くし、親戚を転々とするも、家族だけで食うや食わずの生活では小倉さんの面倒まで親戚も手が及ばず、たびたび繰り返される冷たい仕打ちに耐え切れず、ひとり無賃乗車を繰り返しながら辿り着いたのが東京上野。同じような境遇の戦災孤児たちがゴロゴロいる中での生活は、時には盗みも働かねば食べていくことができない。そんな中、栄養失調で目も不自由になった小倉さんを支えてくれたのは心優しいカメちゃんだった。そんなカメちゃんもある日突然山手線に飛び込んで自殺。憤りと悲しみと怒りがこみ上げるだけ。汚いと寄り付きもしない大人が戦争を起こしたんじゃないか。子供に何の責任があるんというんだ。責任は全部大人にある。
よしそれじゃ、これからは徹底的に社会に逆らって生きてやる。社会に敵意を抱き、路上生活を送り、ますます自暴自棄になっていく自分がどうにもならなかったという。
そんな小倉さんに一つの転機を与えてくれたのが黒羽順教先生だった。故郷に近い京都駅で保護され、一時預かり所の「伏見園」で出会った黒羽先生は、早速小倉さんを近くの銭湯に連れて行き、疥癬で人も嫌がる背中をゴシゴシ洗ってくれた。初めての体験だった。こんな汚い俺を洗ってくれる人がいたんだ。
今も当時の面影を残す銭湯を訪れた小倉さんは、不自由な目にはっきり見える銭湯の洗い場でそっと涙をぬぐう。
小倉さんは語る。「確かに食べ物に飢えていた。着るものもなく寒さに震えていた。だけど、ほんとにほしかったのはぬくもりです。」と。そのほんとに欲しかった「ぬくもり」を与えて下さったのが黒羽先生だったと。
「まじめにならないかん。」心から思ったという。
小倉さんは黒羽先生のアドバイスで盲学校に通い、マッサージ師になった。人生の大きな転機だった。

金子トミさん、87歳は15歳の時、山形で空襲に合い、両親を亡くし、幼い妹と弟を連れてやはり東京上野にたどり着いたという。住むところもなく上野駅のガード下がいつもの寝場所。その寝場所には同じ戦災孤児が横にはなれないほど並んでいて、壁にもたれてしか寝られなかったという。サツマイモを一つ何とか手に入れて皆に隠すように兄弟姉妹で分け合った。
そんな過去のことは、結婚してからもとうとう夫に語れずに、夫は亡くなった。夫に上野で暮らした女をもらったんだと思われたくなかったし、思わせたくなかったからだという。

もう一人、渡辺喜太郎さん、83歳。東京の深川に両親と住んでいたが、空襲が激しくなるので、両親を残して学童疎開。そして両親は死亡。戦災孤児になったという、東京では典型的な戦災孤児だ。
というのも、当時、戦災孤児は12万3千人いたというが、その内の半分は渡辺さんと同じように、子供は学童疎開、残った両親が空襲で亡くなったケースだそうだ。
渡辺さんも戦災孤児の逆境の中、とにかく働かなきゃと死に物狂いで働いたという。その甲斐あって事業に成功。一時は資産7千億円にもなり、芸能人が次から次と押し寄せたそうだ。ロールスロイスを背に誰もが知る芸能人と写真に納まっている渡辺さんは得意満面だ。この渡辺さんもバブル崩壊の煽りを受けて資産をほとんどなくし、もちろん芸能人の「げ」とも無縁で、今では細々と事業を続けるが、底抜けに明るい。
両親の若き日の遺影を飾り、いつも自分を見守ってくれているからこうして健康な生活が送れているんだと。

紹介された戦災孤児たち3人。三者三様の人生を辿ってきたわけだが、こうした悲惨な戦争体験を語れる人も少なくなった。
これからを生きる人たちにもどんな逆境が待ち受けているかもしれない。
1995年の阪神淡路大震災。2011年の東日本大震災。戦後では突出した大災害だし、ここでも多くの被災孤児が生まれている。
しかし、戦争による悲惨さは格別だ。日本全体に災害が及び、お互いに助けようにも助けようがないほどの規模になる。
北朝鮮が火種になって、またいつ何時戦火が燃え上がるかもしれないし、中東、中国、アフリカ、いたるところに火種はくすぶっている。
幸いにして、まだ21世紀に入ってからは、世界大戦と言われるほどの戦争はないが、危なっかしい状況は続いているのは事実だ。
21世紀は20世紀に比べて、情報の量と質が根本的に違っているのが特徴だが、これが吉と出るか凶と出るか予断を許さない状況だ。
こういう番組をもっともっと多くの人たち、中でも子供たちにに見てもらいたい。できたら世界の人々にも見てもらいたい。
人間がもっともっと賢くならなければ、戦争だけではない、資源の枯渇、温暖化問題、食糧危機、核の問題、どれをとっても一歩誤れば地球規模での破滅が待ち受けている。
そのよすがにもなればと思う。

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