運・不運 ー 御岳登山の追想 ー

日本には3000mを超える山が21峰ある。
北アルプスの後立山連峰烏帽子岳から三俣蓮華、双六、そして槍ヶ岳を経て奥穂高岳を辿ったのがもうおよそ50年前。その中に、槍ヶ岳、中岳、大喰岳、南岳、北穂高岳、涸沢岳、奥穂高岳と7座が3000mを超える山で、最初にして7座の3000m級を制覇したわけだが、当時はそんな高さのことはあまり気にも掛けなかった。
爾来、富士山に登り、北岳に登りしているうちに、日本には3000mを超える山が21峰あることを知り、それではそれを全部登ってやるかと、気が向いたときに登っている内、とうとう20峰は登り、最後はと決めていたのが木曽の御岳山である。
この御岳山を最後と決めたのは、日本の山岳信仰の中心的山であること。その裏か表か知らないが、岐阜県側に濁河温泉という温泉があって、日本最後の秘湯、なんでも、下呂方面から辿る道は普通乗用車では行けない悪路で、バスが1日1本あるだけということに言い知れぬ魅力というか執着心を持ってのことだった。
しかし、この御岳登山はいろんな事情があってなかなか実現できず、つい去年(2013年)の秋口、ふと思い立って、家庭教師を終えた後、車で御岳山を目指すことになった。
最初の後立山縦走から槍、穂高連峰縦走の時もそうだったが、今から思えばこれもまた無謀な目論見で、高速道路のサービスエリアで睡眠をとりながらの道中が災いしたのか、御岳山7合目(標高2,180m)の王滝口に着き、少し仮眠をとって登山を開始したんだがどうも調子が良くない。若い時の無理が利かない自分がわからないのか、時々こんなバカを繰り返すこの頃だが、この調子で登り続けてもこの先大丈夫だろうかという不安がよぎると、もう足が進まなくなった。ということでこのときは断念。
さて今年は昨年の捲土重来を期して、時期も最もお天気が安定している8月の初めにとり、車もJR木曽福島駅前に置き、バスとロープウェイで7合目の黒沢口から登る計画を立てた。もちろん御岳山頂上を目指し、縦走、そして念願の濁河温泉に下る予定だ。
ところが今年の天候は異変続きで、例年なら晴天続きの8月上旬もどの日も曇りか雨。つい先月も南木曽(なぎそ)で大規模な土石流が発生し、JR中央線もやっと復旧したが快速はまだ走っていないとか。
そんな中、3日から6日にかけてだけ晴れマークがついていたのでここぞとばかり予定決行とあいなった。
なるほど予報通り、ふもとの木曽福島は晴天とまではいかないまでも8月の暑い陽光はさしていたんだが、バスそしてロープウェイと辿るごとに日差しも弱まり、黒沢口についたころには小雨が降りだしていた。まあしかし6日までは晴れマークがついていることだしと雨具をつけて登りだしたんだが、登るごとに雨脚が強くなり、おまけに藪の中の道なので、やぶ蚊が払えど払らえど顔中に群がってくる。1時間と少々で着くはずの八合目の女人堂(標高2470m)まで2時間はかかっただろうか。その女人堂に着いた時には雨だけでなく風も相当強くなっていてもうずぶ濡れ。その上あのやぶ蚊にやられた耳が腫れ上がり気が狂いそうなほど痒い。とりあえず衣服を着替え昼食をとって様子を見ようとしたんだが雨風は強くなるばかり。ここから3時間は掛かる最初の宿泊地、二之池小屋(標高2905m)にはとてもとても行けそうにない。この日は女人堂泊まりに変更した。
女人堂には白装束の行者連が20名ばかり泊まっていたが、その内の一人に聞くと、彼女は30年間毎年8月4日に登ってくるのだが雨にあったのは今年が初めてと言う。なんという不運。
翌朝早朝の出発を決めて天候の回復を願ったが、台風13号の接近もあって回復しそうもない。そしてこの台風13号、8月に発生した唯一の台風で、統計史上8月に発生する台風は1年で最も多く平均6個は発生するそうだが、今年は異常中の異常ということ。しかもしかも、この13号最初はハリケーンで日付変更線を越えたものだから台風と名付けられたそうで、8月の台風発生件数は実質0というから、その台風が接近とはまたなんという不運。

今年もついに御岳山登頂ならず。

翌朝、山頂周りで予約していた濁河温泉は是非とも訪れたいと、雨風の中早々に下山。ふもとに置いた車で岐阜県に回り、一路濁河温泉を目指す。
国道から分岐した一筋道は快適そのもの。もちろん濁河温泉までは道幅も十分、全面舗装。長い道中、車こそほんの数台しか出会わなかったが昔聞いた濁河温泉とは大違い。温泉宿も7,8軒あって洒落た造りもあってちょっと面食らった。
予約してあったのは『湯の谷荘』。いちばん奥深い温泉宿で素朴な地元料理がうれしい。ここのバスの運転手をしていたというご主人とその奥さんご夫婦二人で切り盛りしていて家庭的な雰囲気がこれまたいい。

9月27日の御岳山噴火にはびっくり仰天。10月9日現在で死者55名、行方不明者少なくとも8名というから、この人たちはなんという不運。
この1か月少し前に登ったぼくは不運に付きまとわれたとばかり思っていたが、いまはただ運が良かったと感謝するばかり。
亡くなった人たちのご冥福を祈り、怪我をされた方々の1日も早い回復を願える幸運を噛み締めているところです。

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