♪♪♪ 誰か故郷を想わざる♪♪♪
小学校に行くか行かない頃だったと思う。戦後間もない頃で、娯楽といったらラジオくらいしかない頃であった。ある日、家で何をしていたんだろうか、突然外からレコードに合わせて誰かが歌うマイクの声が聞こえてきた。外に飛び出てみると、近所の「共産党のおっちゃん」が見かけによらず上手に歌を歌っている。見かけによらずといったのは、この「おっちゃん」、普段は「どもり」(差別用語かもしれませんが、あえて使わせてください)で、それほどの年でもなかっただろうにお頭(おつむ)がちょっと薄い。びっくりした。道の真中には石炭箱を並べた「にわかステージ」がしつらえてあって、まわりには近所中のおばちゃんやおっちゃん、それに子供たちも交えて、やんやの喝采を送っている。実にうまい、と子供心にそう思った。その歌が、もちろん後にわかったんだが、この「誰か故郷を思わざる」である。
「共産党のおっちゃん」を皮切りに、近所の人たちが次から次と「ステージ」に上って、あまり音の良くないマイクで、「ホワーン、ホワーン」とうなりを出すレコードに合わせて、みんな得意満面に歌っている。掛け声が飛び、指笛が飛び、誰が用意したのか紙テープまで飛ぶ。一大コンサートだ。
ああ、こんな時代があったんだなあ。みんな貧しかったけれど、実に明るかった。歌声も澄んでいたし、何か「希望」のようなものがあった。人と人を結びつける連帯感というものがあった。
人にとって「幸せ」っていったい何だろう。
昔はよかった、昔はよかった、いつの時代も年取った人たちの口癖だ。
自分たちが生き生きと、一所懸命生きた時代がいちばんなんだ。
今の時代の愚痴は言うまい。