「新書大賞、サントリー学芸賞、ダブル受賞」、「60万部突破!」、のっけから仰々しいタイトルが表紙を飾っている。前にも言ったが、僕はあんまりこんな仰々しいタイトルの本は読まない。本屋さんにはよく行くんだが、これはという本がない中、「サントリー学芸賞」という、ヘエー、あのサントリーがと思って手に取ったのがこの本だ。表紙の裏をめくってみると、筆者「福岡伸一」さんの写真が載っていて、僕の友人そっくりなのも身近に感じプロローグを読んでみるとなかなか面白そうだ。買ってみた。
科学者が書いた本はどちらかというと味もそっけもない本が多い。湯川秀樹先生が書いた「旅人」が印象に残っているくらいだ。ところがこの本を読んでいくうちに自然と中に引っ張り込まれていく。なぜか。各章の初めには、ボストンだとか、ニューヨークだとか、筆者が過ごした研究所の土地の風景が描かれていて、実によい。自分がまるでそこに佇んでいるかのように、細やかに季節季節の風景が描かれている。もちろん内容は「分子生物学」というお硬い内容なんだが、そのお硬い内容にスーッと入り込んでいける。これは大切なことだ。どんな名画もよい額縁に入っているからこそ、いっそう引き立つのと同じだ。
さて内容なんだが、今よく話題に上るDNA、その構造の解明の歴史とそれに携わった科学者のあくなき闘いとそれにまつわる科学者同士の暗闘。生命体が、ミクロなパーツからなる精巧なプラモデル、すなわち分子機械の集合体と言えるまでに行きついた生命科学、しかし、無数の電子部品からなるコンピュータがたった一つの部品が欠落しても動作しなくなるのに対し、生命体はひとつの重要部品を取り去っても、何らかの方法でその欠落を補い、全体的にはその欠落がないかのように生き続ける生命体の不思議とダイナミズム。
筆者は血糖値をコントロールするインシュリン分泌のメカニズムが、究極、細胞内の分泌顆粒膜の特殊たんぱく「GP2」によることを突き止め、それを検証するために、苦心惨澹の末「GP2」の欠落したマウスを作り出すことに成功するが、驚くなかれ、「GP2」が欠落しインシュリン分泌のコントロールが効かなくなってその障害が発症するはずのマウスが、他の健常マウスとなんら変わりなく生き続けるという結末に、筆者の落胆ぶりと、筆者の生命に対する畏敬と感動が同時に伝わってくる。しかし明らかに筆者は、落胆よりも、生命体のダイナミズムに感動したのだ。そしてそれはおそらく筆者にしか感じ得ない感動なのだ。
何事においてもそうだが、究めれば究めるほど、自分の非力と無知を知る。だからこそ、それがいっそうの励みにもなるし、謙虚さのなんたるかを知ることにもなり、人にも無限の寛容で接することができるのだ。
いい本だった。