2013年成人式

今年成人式を迎える新成人は122万人で、第一次ベビーブーム世代が成人を迎えた1970年の半分だそうだ。

1970年といえば大阪万博があった年で、東洋の奇跡(Japanese Miracle)といわれた戦後の経済成長が安定成長期に入る一歩手前、円相場が1ドル=360円にかろうじて踏みとどまった最後の年になる。
翌年の1971年にはニクソン・ショックで円が一気に306円に急上昇、1990年代初頭のバブル崩壊まで経済成長は続いたものの、円はどんどんどんどん上がり続け、一時は70円も突破かというところまで上昇、それに比例するかのように景気は下降の一歩をたどることになる。
日本人の平均年収も1997年の471万円をピークに今や406万円に下落した。

新成人の親達世代(50歳前後)はある意味経済成長期の恩恵に浴し、お爺さんお婆さん世代(75~80歳)はその働きもあって余剰金を貯蓄にも回せる余裕もあった。
そして今や日本の家計貯蓄残高1500兆円、上場株式会社の内部留保金300兆円、合わせて1800兆円が国の借金1000兆円を上回っているからギリシャの財政破綻とはわけが違うという論理がまかり通っているわけだ。

20歳代、30歳代は住宅購入のために負債が貯蓄を上回っている一方、60歳代、70歳以上で平均貯蓄残高が2千万円を超えていて、60歳代で年収が566万円、70歳代でも460万円もあるというから、老壮世代と大会社がひたすら貯蓄を増やし、財を抱え込み、経済循環を閉ざし、景気を後退させ、それが故に自らをいっそう不安に駆り立てる負のスパイラルに陥っているのが現状で、安倍政権がこれをいかに取り崩し、経済の淀みを解消して景気好転を図るが問われている。

新成人は違う。
時計・精密機器の「セイコーホールディングス」(東京)が新成人を対象に実施したアンケートでは「将来への不安を感じている」との回答が、9割近い87.9%に。これから大切にしたいものはという問いには、「お金」が41.3%でトップとなったそうだ。
就職難や国の先行きの不透明さなど、日本の冷え込みぶりを肌で感じている新成人。閉塞した現状への強い失望感がにじみ出ている。

いい歳をした息子や娘たちに結婚資金を出し、家を買ってやり、孫の学資金まで出してやる。だから、孫の学資金には免税をということまで叫ばれ出している。
変だと思わない?
活力に満ちた20代、30代がもっともっと生き生きと、爺さん婆さんの世話は任してよと言うくらいの社会でなきゃ、健全な社会とは言えないと思うんだけどなあ。

男女平等

世界経済フォーラム(WEF)による世界各国の男女平等の度合いを指数化した2012年版「ジェンダー・ギャップ指数」で、日本は135か国中101位だそうである。
この調査では、
1.経済活動の参加と機会・・・給与、参加レベル、専門職での雇用
2.教育・・・初等教育や高等・専門教育への就学の度合い
3.健康と生存・・・寿命の男女比
4.政治への関与・・・意思決定機関への参画
の4つの分野における男女格差を指標化して順位付けをしている。
日本は、
3.では女性の平均寿命が世界一であるから当然のこととして1位。
2.の分野では初等教育では識字率も含め1位であるが、高等・専門教育への就学率で男女格差が大きく50位前後に順位を下げ、
特に評価を下げた最大要因は経済界と政界への進出率が低いこと。特に管理職への登用(女性10%,男性90%)や議会への従事(女性9%,男性91%)において男女の格差が大きく、結果的には101位ということになるのだそうだ。

この「ジェンダー・ギャップ指数」には様々な批判もあり、別の国連調査では日本もかなり高順位に評価するものもあるから、この指標、評価をもって一部マスコミが騒ぎ立てるほど日本が男女平等後進国だと卑下することもないと思うのだが、日本の現状をあぶりだしているのも確かだ。

経済活動における男女平等は、1986年から施行された「男女雇用機会均等法」、さらに1997年の全面改訂を経て2007年の再改定でほぼ法的には整備され、後は具体的な企業の取り組みにかかっているが、管理職への登用となるとまだまだ先の先ということになり、政治への関与に関しては逆行現象さえ起こっている。
また1999年(平成11年)には「男女共同参画社会基本法」が制定され、男女が互いに人権を尊重しつつ、能力を十分に発揮できる男女共同参画社会の実現を目指し、家庭生活だけでなく、議会への参画や、その他の活動においての基本的平等を理念として、それに準じた責務を政府や地方自治体に求める法整備も行われた。

世界経済フォーラム(ダボス会議)がこうした男女格差の問題を取り上げるのも人権問題から取り上げているのではなく、女性の地位向上が経済の発展につながるという観点から取り上げているのであるが、それではGDP世界第3位の日本の101位はどう解釈していいのか迷うところだ。
この指摘を逆手にとれば、日本における男女格差がもっともっと縮まれば、GDP世界第3位はおろか1位に躍り出てもおかしくないということにもなる。
それはジョークとしても、男女格差が原因の一つにもなっている少子化問題も喫緊の課題で、国の債務残高1,000兆円は解消しえない、なぜなら、少子化による国力減退は避けられず、日本の国債に手を出すことは極めて危険だと真顔でいう外国人経済アナリストも少なからずいるほどだ。

国の発展史は一直線で、近代ではアメリカがその先頭を走り、どの国もその後を辿っているという歴史観がある。
世界経済フォーラムもこうした歴史観に立つものと思われ、指標の基準を統一して、その標準に世界の国々を誘導しようとする意図さえ感じて嫌だが、日本は国内においてもそう、どうも横並びが好きなところがあって、こういう指標を示されたらすぐその標準に合わせなければというところがあるような気がしてならない。
確かに男女不平等な点は様々な分野で見られることは事実で、男であれ女であれ不当な扱いに対しては毅然として排除、改善を進めていかなければならないが、長い歴史で切磋琢磨されてきた伝統に基づく文化の表象でもある男女の役割分担も必然性に裏打ちされたものがあるのではないだろうか。
中国のように唯我独尊的かたくなさも考えものだが、ともすれば国のアイデンティティを喪失しがちな日本もいただけない。

何はともあれ、これからの日本を思うとき、男と女で担うのだから、どちらもが生きやすい国にしていかなければ豊かで幸せな国にはならない。