土曜日の夕方、アルバイト先の塾に行く途中、車を駐車場に入れて、地上2階部分にあるコンコース階の階段を上って歩き出したら、胸の中心部分に、痛みでもない、締め付けられるでもない、何とも言いようのない、これまで経験したことのない痙攣のような不快感が数秒続いた。すぐに止み、またしばらく歩くと数秒、また止み、また数秒と、立て続けに3度同じ症状が続いた。歩調を緩めそのまま塾に行ったが、あとは何もない。そして2時間ほど塾で教えて、駐車場に歩き出したら、また、先ほどでもないが、同じ症状が2度ほど起こった。これはやばい。心臓の近くでもあるし、直ぐ病院に行ったほうがいいだろうと思ったんだが、あいにく土曜日だから、しかもこの時間では空いている病院も医院もないだろう。そうだ。帰り道の家の近くに消防本部があるからそこで病院を紹介してもらおうと30分ほど車で走った。消防本部もシャッターが下りていてどこから入ったらいいのかわからないので、ともかく119番に電話し、事情を話したら直ぐ隊員服を着た男性が出てきてくれた。病院を紹介してくれたら自分で行くのでと話したら、そういうわけにはいかない。話を聞いた以上放っておくわけにはいかない、直ぐ救急車を手配するとのこと。消防本部なのに救急車を手配するという意味が分からなかったが、5分ほど待っていたら救急車がやってきて、とりあえずそこに乗せられ、心電図、血圧、脈拍など取られるうちにサイレンを鳴らして、いつもよく行く市民病院に搬送された。
救急センターの入り口に2,3人の職員と看護師が待ち受けていて、直ぐ院内に運び込まれ、当直の若い小柄な女性医師がてきぱきと指示して、また心電図や血圧、採血、そして心臓エコー検査が施された。
心電図には異常はないし、血圧も特に高くもなく、心臓エコーでも、このエコー検査機が専門のエコー検査技師が使う機器ではないのでしっかり掴めないが特にこれという狭窄は見当たらない。ともかく、さしあたっては緊急を要する事態ではないので月曜日に精密検査をするということで、4時間ほど点滴を受けた後帰宅を許され、夜中の1時、消防署に止めてあった車を取りに行って帰宅した。
月曜日は、正式に循環器内科で診断を受け、血液検査、尿検査に始まって、心電図、今度はさらに精度の高い心臓エコー検査、そしてその日のうちにCTスキャンによる心臓の3D画像まで撮った。これは、血管から造影剤を注入し、レントゲンで心臓血管の立体画像を撮るというもので、造影剤を注入した時は頭部が少し熱くなったがすぐに収まり、なんということはなかった。
検査の結果、心電図、血圧、脈拍、心臓エコー、3D画像、どれをとっても心臓冠動脈にはこれといった異常はない。ただ、総コレステロールが正常値150~219のところが、ぼくの場合239、中性脂肪正常値30~150のところ178、脂肪肝が見られ、若干肝機能が低下していること、動脈硬化が若干進んでいるということがわかった。注意はしていたんだが、やはり日頃の食生活の不節制と運動不足がもろに出た感じだ。さらに、CPKといって心臓をはじめ骨格筋、平滑筋など筋肉の中にある酵素で、これらに異常があると血液中に流れ出すためその数値が高いと心筋梗塞や脳梗塞などが疑われるわけだが、この数値が、正常ならおよそ56~244のところ、ぼくの場合は1684とおよそ8倍ほど高い。ただこの数値、激しい運動をすれば10000を超えるどころか20000になることだってあるというから、無茶苦茶高いというわけではないが、ぼくの場合大した運動もしていないから心筋梗塞まではいかないが狭心症の疑いは十分に考えられる数値である。さらに、それが心筋の異常であるかどうかは、CK‐MBとかトロポニンTというマーカーで調べるわけだが、CK‐MBは正常値5~15のところが30、トロポニンTは正常値が0.014以下のところが0.034で狭心症を疑われる根拠は十分あるということで、さらに精密に検査するためカテーテル検査と言って、手首か足の付け根の動脈から直径1㎜~2㎜のカテーテルを心臓血管に挿入して画像診断および狭窄部分があれば即施術いう2泊3日の検査入院ということになった。
月曜日のうちの入院も勧められたが、入院手続きそして検査を受けるためのインフォームドコンセントの立会人家族のこと、緊急時の連絡先といった煩雑な手続きがあるため、その準備もあるので翌火曜日に入院と決めた。
生まれて初めて病院入院と相成ったわけだが、まず驚いたのは、看護師をはじめ病院スタッフの心こもった世話ぶりである。どのスタッフも忙しそうに立ち働き、患者には優しく、至れり尽くせりだ。担当医師も時々見舞いに来てくれる。入院患者6人の大部屋に入院したが、ベッドはもちろんテレビ、冷蔵庫その他備品も最小限度整っているし、自宅にいるよりもよっぼど居心地がいいのではなかろうか。
さて、入院の翌日、カテーテル検査を受けたわけだが、今までにもCTスキャンやMRI、胃カメラ、大腸内視鏡、いろいろ受けた体験があるからか、看護師が緊張しますかと聞くのだがそれほど緊張も感じない。手首がだめなら足の付け根からカテーテルを挿入するため、前の毛を剃られるのだが、これが一番嫌だった。
今日1日で7人がカテーテル検査を受けるというから、毎日いっぱいなのだろう。朝9時から始まって、ぼくは2番目で、1番目の人の都合で1時間後になるか2時間後になるかわからないという。
11時ごろ、看護師二人が部屋に入ってきて、いよいよですよという。前の人は2時間近くかかったわけだからどういう状態だったのか、最悪ステントといってチタン・クロム合金でできた網を冠状動脈に入れて狭窄部分を広げ、固定することもあるが、そこまで行ったのかどうか。寝起きするベッドに乗せられたまま施術室に運ばれた。
施術室は大きな部屋で、スタッフがたくさんいて、移し替えられたベッドの上にはアームで自由に動くレントゲン造影機が据え付けられている。
まず手首を部分麻酔して、それからカテーテルを入れるのだが、もちろん痛くもないし、挿入中もほとんど違和感はない。腕の付け根当たりを通った時に何か動いているなと微かに感じた程度だ。
心臓に達しましたよと言われても何のことやら。息を大きく吸って、吐き出して、息を止めてください。それで終わり。撮影はほんの数秒だった。
無事終わりましたよと言われたときは、なんとあっけないと感じだ。時間にして30分ほどだった。
施術後2,3時間経って、インフォームドコンセントの部屋に呼ばれ、主治医と施術に当たった若いドクターから施術の経過報告と、撮ったばかりの動画を見ながら説明を受けた。
結果は、画像を見る限りほとんど異常なし。1日10万回も鼓動している自分の心臓を見て、よくもまあこの歳まで働いてくれたものだと感心すると同時に人体の不思議さを知る思いだった。
ただ、血液検査を見る限り、決して正常とは言えないので、これからの食生活、体調管理に細心の注意を払うようにと忠告された。
処方する薬も、万が一の時のニトロペン舌下錠、これは、心臓の血管を広げて、狭心症や心筋梗塞の発作や息苦しさを鎮める薬、アトルバスタチン錠、これは、体内でのコレステロールの合成を抑えて、血中のコレステロールの量を下げる薬、の2種類を与えられただけだ。
それにしても、医学の詳細を知るわけではないのだが、医学も発達したものだ。一昔前なら、今回受けたいろんな検査ももちろんあったわけではないだろうし、カテーテル検査も胸を開かねばわからなかったことだろう。
それがたった2泊3日の入院で体の様々な情報が収集され、それに対処できるのだからこんなありがたいことはない。
結局、ぼくの場合、狭心症の疑いは消えないが、原因を突き止めることには至らなかった。
ぼくが調べた限りでは、どうも微小血管狭心症といって、発作時の心電図の変化も少なく、心臓カテーテル検査による冠動脈造影でも画像として検出できない、非常に細い末梢の血管が一時的に収縮するために起こる狭心症の一種で、冠動脈の狭窄で起こるほど深刻ではないが、決して安心はできない種のものであったのではなかろうかと。
今回受けた主治医からはこの説明はなかったが、最近大きく取り上げられるようになったそうで、ベテランの心臓医ほど見逃しがちだとのこと。
といっても決してこの主治医に不満があるわけではなく、むしろ感謝感謝である。病院のスタッフ、消防署の職員、どうお礼したらいいのか。
やはり根本は食生活と適度の運動。皆さんの参考のためにとご報告した次第です。