中国人の友人と話していて、「中国にはどうしてパチンコがないの?」と聞くと、その答えがおもしろい。
中国でパチンコを解禁したら、とんでもないことになる。国中にパチンコ店ができ、パチンコ店に入り浸る人が一億人にはなるね。
だ、そうだそうだ。
一億人というと、日本の赤ちゃんからおじいちゃんおばあちゃんを含めて一億人だから、日本人全員がパチンコ店に入り浸ることになる。
ちょっと大げさに言ったのだろうが、友人の真顔から反論もはばかられた。
中国では、基本的には賭博は禁じられている。おそらく、中国人の賭博好きを知っての立法であろう。
それでも、マカオはアメリカのラスベガスに次ぐ政府公認の賭博が行われているのはよく知られたことであり、家庭内での賭け麻雀や賭けトランプは許されている。
実際、中国の至るところで、昼間から路上で麻雀卓囲んでいたり、テーブルでトランプに興じている光景をよく見かける。大概が賭けているそうだ。
マカオは国際賭博場であり、中国の外貨獲得という国の目的があり、庶民には手が届く賭博場ではないからいいとしても、家庭内の小賭博を認めてるところがまたおもしろい。
日本では競馬、競輪、宝くじ、TOTOといった政府公認の賭博以外は家庭内においても禁じられているから、窮鼠が猫を噛まない措置を講じているわけだ。
中国には1840年の「阿片戦争」に象徴されるように、国の存続さえ危うくするような「自制心のなさ」の自覚が底流にはあるのだろう。
「宗教は阿片」、ベートーベン、ゴッホ、ビートルズなど等「ブルジョア芸術は阿片」と、ひところはプロパガンダされたことがある。賭博も阿片なのだ。
魯迅が中国人の典型として描き出した「阿Q」は中国人インテリの頭からいまも消えず、自己の阿Q性を唾棄したくてもしきれない根性がくすぶり続け、権力を握る共産党幹部にはこの自縄自縛から解き放たれることなく、国民全体に真の自由を与えたら何をしでかすかわからない、中国には中国のやり方がある、人権よりも国の団結、と、國際社会では異質に見える「中国流」をいたるところで喧伝してはばからず、中国人同士では政府の悪口を口にし反目しあっても、対外的にはものの見事に一致団結、愛国心と中国こそ21世紀の覇者と胸を張る。
中国でパチンコが解禁されるのは、阿Qの非科学的思考、盲目的権威崇拝、際限なき自尊心、独善的「精神勝利法」から決別する時だろう。
说实话,赌博机(或者称“老虎机”)的禁止基本上是不可能的。即使中国政府官方明令禁止,零星的营业机构还是有赌博机营业活动。中国政府是出于“保护未成年人”的想法才做出那个政策。当然,个人觉得中国政府应该不会一闷棍地打晕所有该营业行业吧(实际上因为禁止不了,都采取“睁一眼闭一眼”的策略:只要营业者不过分,知道收敛。敲山正虎的作用)