あれからもう41年も経っちゃたなあ。ヴェトナム戦争は拡大の一途をたどり、神出鬼没のベトコンを追って南ヴェトナム軍と米軍がカンボジアに侵攻したのもこのころだ。
抜き差しならないほど深入りしたアメリカでは、国内にも厭戦機運が漂い、反戦運動が盛り上がる中、国連でもヴェトナム戦争終結を目指す様々な動きが活発化していた。
そんな中の1971年10月、ニューヨークの国連本部に招かれた94歳のパブロ・カザルスは愛用のチェロ「ゴフラリー」にすがりながら、「私の生まれ故郷カタロニアの鳥は、ピース、ピースと鳴くのです」とだけ語り、カタロニア民謡「鳥の歌」を弾き始めた。そしてその様子は全世界に放映された。
広い国連本部の会議場は静まり返り、「鳥の歌」だけが静かに、物悲しく、しかし、凛として流れてゆく。目頭を押さえる者、下を向いたまま身動きもしない者、各国のエゴを背負った代表者達の心が一点に凝縮していくのを感じる。ぼく自身も、短いがこんなにも深く魂の底までゆすぶられたことはない。
演奏が終わった時は、もう物音一つしない。会議場の全員もきっと魂の底まで突き落とされたのであろう。次の瞬間、我に返った会議場は割れんばかりの喝采だ。世界が一つになった一瞬だ。涙が止まらない。
それからちょうど2年後の1973年10月、20世紀最大のチェロ奏者パブロ・カザルスは96歳の生涯を閉じ、その2年後の1975年、ついにヴェトナム和平が成立した。
弦楽器と言えば誰もが眼の色を変えるストラディヴァリウスには「自分にはもったいない」、「自分には合わない」といって振り向きもせず、傷だらけの「ゴフラリー」を片時も離さなかったこの頑固者は、生涯を反戦、反ファシズムで貫き通し、音楽を通じて世界平和のために活動した。
[鳥の歌]とカザルスについて、語る人は、少なくなってきたんでしょうね?60年代後半を学生で過ごした、世代に共通の思いかも知れませんね?
教えて下さい。「鳥の歌」という民謡は、いつの時代のものなのでしょうか?
佐分利 翔様
お返事をありがとうございました。
実は今月の22日に友人が、コンサートで「鳥の歌」を歌うので、いつの時代のものかを
調べておりました。
私は、音楽について無知と言ってもいい位で、この歌も耳にしてはいたのでしょうが、
実際には思いつきません。
私達は、ミクシイで知り合い、そして、ひょんなことから、現実の友達になりました。
佐分利様が、ミクシイをご存知でしたら、「園の魔女」で私がみつかります。(笑)ぜひ。
ほんとうにありがとうございました。
いただいたお返事は、友人に申し伝えます。
佐分利 翔様
初めてお邪魔いたします、保刈 明子と申します。
乾 佐和子さん=園の魔女さんが書いていらっしゃる、小さなコンサートで「鳥の歌」を歌う者です。
私がmixiで「どなたか鳥の歌の出自をご存知だったら教えて」と書いたのを、乾さんが探してくださって、佐分利様のブログにたどり着いたこと、さっき知りました。
国連でカザルスがチェロで「鳥の歌」を弾いた話は、なんとなく聞いてはいました。
あらためて、その様子をうかがうことができ、どうもありがとうございます。
私自身は、鳥の歌は、中学の音楽の時間に出合いました。キリストの誕生を祝う日本語の歌詞のついた、2重唱としてです。
今回、その中学の時の古いプリントを使って歌います。
当日、平和を願って歌うほど余裕があるかは、わかりませんが。
どうもお邪魔いたしました。
お時間のあるときには、mixiの「あっこ」のページにも、どうぞお立ち寄りくださいませ。
保刈明子様、初めまして。コメントを寄せていただきありがとうございます。「鳥の歌」の歌は聞いたことがないのでyoutubeでも探したのですが見つかりませんでした。近くであれば聞きに参じたいのですが、コンサートはどちらでされるのですか。
youtubeで探している中でまた素晴らしい奏者に出くわしました。
http://www.youtube.com/watch?v=fl2J7dKRVtg&feature=fvst
聞いてみてください。
佐分利翔様
すみません!私は2011年にこうしてコメントをいただいていたのに、コンサートの場所など返信していなかったのですね。youtubeは聞き覚えがありましたのに。
本当に失礼いたしました。
お気持ちありがとうございました。コンサートは、東京の荻窪で行いました。
保刈明子
その節はこの曲の件で大変お世話になり本当にありがとうございました。
当時のこと、またあの日のコンサートを懐かしく思い出しました。
乾 佐和子