ライトアップ 紅葉きららの 醍醐寺

Lighting up has begun at Daigo-ji Temple in Kyoto. The temple halls and autumn leaves reflect in the pond and are creating a fantastic atmosphere.

京都伏見にある醍醐寺は紅葉の名所としても有名です。

11月16日、秋季夜間拝観が始まり、日没とともに、ライトアップに照らし出された紅葉がいっそう紅に染まり、金繍のように浮かび上がって、幻想的な雰囲気を醸し出しています。

秋の本格的な幕開けです。

昼間とは違った景色の中で、感動とともに、深まりゆく秋に思いを馳せずには置けません。

ことにこの一年は大水害や大地震、猛烈台風と自然災害も多発し、亡くなられた方々、災害に未だに苦しんでいられる方々を思うとこの風景も潤んで見えてきます。

そんな思いも込めて、この夜景を見ることのできる幸いに感謝し、祈りを捧げたいと言う気持ちになります。

雄を食べ 雌カマキリの 逞しさ

A female mantis with satiety after eating a male mantis is looking for the place where lays the eggs. How stout a female mantis is!

雄を食べて満腹なのか、もう卵ができて腹が膨らんでいるのか、メスカマキリが体を重そうに運んでいます。

昆虫や蜘蛛の中には雄を捕食する事例は沢山ありますが、カマキリの捕食はもう万葉時代から知られていて、虫を愛でる姫君の物語『堤中納言物語』や、室町時代の歌謡集『閑吟集』などにも登場します。

その壮絶さは、これがカマキリだから淡々と書けますが、人間に置き換えたらもうホラー映画どころではありません。ともかく、交尾の最中に雌は雄を頭から食べ始めます。交尾が終わった後は雄の羽だけが無残に残っているのですよ。

雄を食べ終わった雌は腹を膨らませたまま、ひたすら産卵の日を待ちます。雄を食べて受精した雌はより多くの卵を産卵し、雄を食べずに受精した雌はその半分以下にしか産卵できません。

雄は別に喜んで雌に食べられているわけではなく、できたら食べられたくない。だから交尾の際もできるだけ雌の餌食にされないようにされないように振る舞うのですが、雌より小さな雄は抗うすべもありません。眼と眼が合えばもうお終いです。

しかし、雄の全部が全部こいういう運命を辿るのではなく、交尾中に食べられてしまう雄は30%くらい。70%の雄は運良く命拾いするのですが、性懲りもなくまた雌に近寄り、結局はいつかは雌に捕食されてしまいます。

こう話していると、なんだか人間にも当てはまるよなお話に聞こえてきませんか。身に詰まされる男性も多いのではありませんか。

木が紅葉して葉を落とすのも後世に栄養を残すためですから、生きとし生けるものすべてが子孫繁栄の諸行であるわけですね。

さてさて、自分は後世に何を残せるのかなあ?

菊香る 天祖神社に 七五三

We went to Tenso-jinja Shrine in Tokyo Otsuka to celebrate Shichi-go-san: it is a Japanese festival to celebrate the growth of children. While leaves of a pair of ginkgo trees aged 600 years fall, the fragrance of the chrysanthemum drifted and a honorable visit came true.

東京に住む孫の「七五三」で南大塚にある「大塚天祖神社」にお参りしました。

「七五三」と言っても知っているのは、子供が三歳、五歳、七歳になったとき、近くの神社にお参りし、健康でその歳まで成長したことを神様に報告、感謝し、その後も健康ですくすくと育ちますようにとお参りする行事なんだなろうなくらいです。自分の子供の「七五三」のことはよく覚えて無くて、今回だって、招集が掛かったので馳せ参じたという、全く罰当たりな爺さんです。

これでは何が何でもということで、知識の宝庫であるネットで調べてみたら、いつものことながら感心するほど詳しく解説してあるページがわんさかあるんですね。七五三の由来、しきたり、参拝の仕方、それはそれは詳しい。

「天祖神社」なんてここだけの名前かと思ったら、「何々天祖神社」と言って、土地土地の名前を頭において、「大塚天祖神社」のように呼ぶのも初めて知りました。日本神道の仕組みもほんの僅かですが、これも初めて知りました。

お正月から大晦日まで、日本人の生活の中には宗教に由来する行事が結構あるんですが、その一つ一つを詳しく聞かれたら困ります。見よう見まねでこなしているだけで、もっと深く知ろうともしないし、それで別に困ったことはないから、それはそれでいいんでしょうが、宗教に限らず、ただなんとなく事を済ましていることは沢山ありますね。

まあ、こういう機会に一度調べてみることも大切なんだとつくづく思いました。

早々と もうクリスマス エアポート

Although it is still in early November, a big Christmas tree is displayed at Tokyo Haneda Airport. Foreign tourists are taking commemorative photos in front of it.

気が早いですね。まだ11月も上旬だと言うのに、ここ東京羽田空港にも大きなクリスマスツリーが飾られていました。外国人観光客が争うようにその前で記念写真を撮っています。

ホテル、レストラン、プラザ、いたるところにクリスマスツリーが飾られ始めました。この先のビッグエベントはクリスマスということで、これから盛り上げて行こうという事なんでしょう。

商戦ですかね。まずそれが先導しているんでしょうが、いちがいにそうとだけは言えない気がします。今の情報社会という本質が持つ特徴で、情報が先取りされていく、それにいち早く乗らないと乗り遅れてしまう、そういう意識構造が支配的になって来ているからでしょう。

皆んなが共有できる情報をいち早くキャッチし、宣伝し、扇動する事によって、一大旋風を巻き起こす。今の国際社会に見られる政治戦略がまさしくいい例で、トランプ政権なんてこうして誕生したんでしょう。

これに誘発されて、どの国にも極右勢力が台頭しつつある。掲げるのは一国至上主義、日本流に云うと国粋主義ですね、これが国際潮流になりつつある。フランス大統領マクロン氏が先日も、各国首脳に国家主義を拒否するように呼びかけたように、1920年代後半から始まる政治状況がよく似ている。第二のヒトラーが生まれかねない状況だということですね。

クリスマスツリーから脱線してしまいましたが、こうした小さな夢を追いかけている間は罪もありません。大きな夢は時には罪をもたらすこともあります。

ジングルベルが今年も心に平安がもたらされますように。

東塔は 紅葉に負けず 浄瑠璃寺

The three storied pagoda standing on the east side of Joruri-ji Temple Main Hall stands more beautifully even in the woods which are surrounded colored leaves.

東塔とは歌いましたが、いわゆる西塔と東塔が並ぶ大寺院の東塔という意味ではなく、浄瑠璃寺は池を挟んで西に本堂、東に三重塔という配置になっているので東の塔という意味で東塔と歌いました。

一帯を「当尾の里」といい、京都府の南端、奈良県と境を接する位置にあり、この浄瑠璃寺や岩船寺などの古寺や石仏が点在する癒やしの里です。

浄瑠璃寺は本堂の九体阿弥陀如来(国宝)と東塔の薬師如来(重要文化財)が主仏ですが、身の丈90cmの「吉祥天立像」が特に人気があり、春、秋、正月の一定期間のみ厨子の扉が開かれる秘仏です。

学生の頃訪れたときは本当に田舎のお寺で人気(ひとけ)はなく、もちろん食堂も店もないようなところでしたが、今は、シーズンには観光バスが何台も乗り入れ、食堂、お土産店が立ち並ぶ一大観光スポットになっています。

三重塔は模様替えされ、朱色鮮やかになりましたが、佇まい自体は昔のまま、せめてもの救いでした。

萎えていた 血潮沸き立つ 赤紅葉

When seeing the maple leaves that turned bright red, my mind that had started to fade out along with my age has been starting to burn again.

昨日の紅葉とは打って変わって今日は赤一色です。雑木林なら紅葉する木もあれば、緑色のままのもあり、紅葉しても色それぞれなので、昨日のような風景になるのですが、人工的に同じ種類の樹を並べるとこのような紅葉になります。これはまたこれで紅葉の違った趣があり圧倒される美しさがあります。

木の葉には、クロロフィル(緑色成分)とカロチノイド(黄色成分)の二つの成分が含まれていますが、春から夏まではクロロフィルが圧倒的に多いので葉は普通緑色をしていますが、秋になって光合成が衰えてくるとクロロフィルが不要になり、その分カロチノイドが相対的に増えるので葉が先ず黄色味を帯びます。そのままでとどまれば黃紅葉ですが、更にアントシアニン(赤色成分)が生成されれば赤くなって赤紅葉に進みます。アントシアニン生成のメカニズムはまだよくわかっていないようです。

こうして植物は一年というサイクルで気候に適した葉の色を変えて生存を保っているのですね。それをまた我々人間が観察、鑑賞することによって、農耕の時期を知り、心癒され、季節の準備を行っているわけですから、日本のように四季が明確な地帯ではなおいっそう木々の変化に敏感になり、感受性も強くなる、その結果がまた国民性を形作る。

またまた素晴らしい国、ニッポン!、ということになるわけです。

もみじ葉と あお葉綾なす 秋葉織り

The grove in which the red leaves and the green leaves are mixed together is gorgeous just like a textile woven by a skillful craftsman.

木々の紅葉が増してきました。

京都洛西の金閣寺から龍安寺そして仁和寺にと続く道は、以前「衣笠街道」と読んでいましたが、最近は「きぬかけの路」と呼ぶようになったそうです。近くには等持寺や妙心寺、北野天満宮など京都有数の神社仏閣が点在していますが、今はどこも紅葉が急速に色づき始めました。

写真は金閣寺境内でとったものですが、真っ赤に紅葉した紅葉からまだ紅葉しかかったばかりの紅葉まで、グラディエーションよろしく咲き競い、その中に濃い緑、新緑のような木々が織り混ざって、まるで西陣織の緞帳のように天高くから被さっています。

紅葉の仕方にもいろいろあって、どぎつく感じる紅葉もあれば、薄汚く感じる紅葉もありますが、ここ金閣寺の紅葉はさすがです。

例によってここ金閣寺はもちろん、きぬかさ路にも外国人観光客が溢れていますが、この日本の紅葉ぶりにはさすがに感嘆しきりです。もちろん外国の木々も秋の季節になれば紅葉する木もあるのですが、日本ほどの美しさはありません。この美しさは日本独特なものです。日本の湿潤な気候環境がおおいに関係があると思います。

日本の湿潤な気候環境は木々だけでなく、ひいては日本人の国民性にも大きな影響を与えているようです。

美しいニッポン! これからもどうか、何事においても美しい日本でありたいものです。

三室戸へ 行く道照らす 大銀杏

A big ginkgo tree stands on the way to Mimuroto-ji temple. It is shining gold and illuminates the feet of pilgrims and leads them to the temple.

御詠歌:  夜もすがら 月を三室戸 わけゆけば 宇治の川瀬に 立つは白波

西国三十三箇所第十番札所(古くは第三十三番札所、結願寺)、三室戸寺は京都宇治にあり、五千坪の大庭園には枯山水・池泉・広庭があり、五月のツツジ(二万株)・六月のアジサイ(一万株)・七月のハス・秋の紅葉など四季を通じて美しい花模様を楽しめる「花のお寺」です。

宇治川の支流を辿ると、行く手にデンとこの大イチョウの木が折からの秋空に高くそびえています。

澄んだ空気の下、ただでさえ明るい道筋をいっそう明るく照らしていて、お寺参りの人、巡礼者の足元を照らし、迷わずとも三室戸寺に導きます。

古来幾千万の人がこの道をたどったのかを思うだけでも胸が熱くなります。御詠歌の最後の「白波」を「大銀杏」に置き換えたらぴったしの光景です。

福岡県にある八剱神社の大イチョウの樹齢1800年を筆頭にイチョウの樹は杉と同じくらい長寿ですが、この目の前に立つイチョウも数百年は下らないでしょう。

イチョウは、ほとんどの樹木が絶滅した、今から約260万年前の氷河期から生き延びた樹ですから、千年や万年くらいは取るに足らない年月なんでしょう。

それに比べたら我々人間の寿命はたかだか百年、あーあ。

 

烏瓜 夕日で更に 唐朱色

Karasuuri is illuminated by the setting sun and it is more vivid vermillion.This haiku is a Japanese word game.

カラスウリは日本のちょっとした里山にはよく見かける植物です。今この時期には真っ赤と言うか朱色に染まった実は人の目を惹きつけます。

カラスウリは漢字で書くと「烏瓜」とも書くし、「唐朱瓜」とも書きますが、「烏瓜」の方がポピュラーです。

名前の由来から言えば「唐朱瓜」で、この色鮮やかな朱色が、学校の書道の先生が朱色の墨汁で訂正してくれたあの朱色、つまり中国から伝来した「唐朱墨」という朱色からとって「カラシュウリ」→「カラスウリ」→「烏瓜」になったんだという説が最も有力です。更に凝った説によると、この「唐朱墨」の原料である鉱石の形までが似ているからだということです。

カラスウリはこの実の鮮やかさに惹かれ、「実」がもっぱらの話題になりますが、「花」がまたこれ、妖艶と言ったらいいのか、幽玄と言ったらいいのか、実に神秘的な花で、写真のように、花びらがレースの羽衣を着込んだような形をしていて、それも夜が更けてから咲くものですから、ますます神秘性を帯びるわけですね。

雌雄異株といって、雄株と雌株が別々で、夜になると先ず雄花が花開き、一時間ほど経つと雌花が咲きます。

口先の長いスズメガが先ず雄花の妖艶さに引き寄せられ、そして雌花が咲くとより甘い蜜を求めて花粉を運びます。

この自然の妙たるや、ただただ感嘆するしかありません。

そんなことで、今日は俳句の本筋とはちょっとずれた言葉遊びになりました。

窓の外 秋に広がる ハイネの詩

After listening to Heine ‘s lyrics and Schubert’ s “Shadowmaker”, the autumn scenery outside the window blew away the atmosphere of heavy songs at once.

「秋を愛する人は心深き人 愛を語るハイネのような ぼくの恋人」

『四季の歌』ですね。1970年代半ばに大ヒットしました。歌手の立川清登がラジオ放送で視聴者からこの曲をリクエストされ、知らなかったので口ずさんでもらったところ、立川が大感激。すでに街頭で歌っていた菅原やすのりや芹洋子などもテレビ番組などにも駆り出され、空前の大ヒットとなったわけです。

芹洋子はこれを中国で歌うとこれがまた大ヒット。ここに出てくるハイネがマルクスと友人だったこともあって、まだ毛沢東の影響力があり、当時文化大革命のあおりで暗い社会になっていた中国社会にひとすじの光明を与えたわけですね。

今の若い人にはハイネの重苦しい詩は受けないでしょうね。シューベルトと同い年で親交もあって、シュベルトは彼の6編の詩に作曲し、後に『白鳥の歌』の中に収められました。

中でも最後の『影法師』はシューベルト歌曲の傑作と言われていますが、31歳で早逝した彼の遺作で、聞いていても居た堪れなくなるほどの重苦しさです。

それをまた聞いちゃいました。

うーんと滅入っていて、ふと窓の外を見た時、そこに広がる秋の清澄な景色のなんと清々しいこと。『影法師』はやはり傑作です。