ツクツクが 鳴き始めたよ 夏仕舞い


The tsukutsukuboushi cicada began to sing. This summer finally peaked beyond. It is exactly like the proverb ‘Time flies like an arrow’. What kind of memories remained?
山にし越し入るとニイニイゼミに代わってツクツクボウシが鳴いていました。ツクツクボウシはちょうどお盆が過ぎると鳴き始めます。
ツクツクボウシは、以前は、関東以南でしか聞くことがなかったのですが、最近では東北地方でもよく聞くようになったそうです。ここにも気候変動の兆候が表れています。
南方のスコールを思わせるゲリラ豪雨、台風の変な動き、40度を超す超猛暑日、海や山の動植物の変動、日本の気候は確実に変わってきています。
これが日本だけなのか、世界規模の変動なのか、まだしっかりした見解は見受けられませんが、様々な期間が地球の危機を訴えています。
エネルギー資源が石油、石炭といった化石燃料に頼っていてはいつか資源が枯渇する、二酸化炭素が増加し地球の温暖化を招くと、原子力エネルギーの早急な導入が叫ばれ、世界に500基もの原子力発電所が建設されたが、チェルノブイリ、スリーマイル島、福島を始め、たくさんの原発事故が発生し、またまた毛席燃料に依存しつつあるのが現状。
太陽光発電、風力発電、海洋発電、地熱発電など新たなエネルギー資源が生まれてきてはいるが、まだまだ化石燃料や原子力発電には及ばない。
21世紀前半には解決しなければ、地球環境が大変なことになるといわれていても、国際環境はその合意も得られていない。
難しいですね。どうするんでしょうね。

霊魂(たましい)を あの世とこの世 繋ぐ盆


Bon Festival is the day the ancestral spirit and we meet once a year. Various events will be held throughout Japan during this period.
8月10日、NHKテレビで『新日本風土記 あの世この世』が放映された。
「あの世」から亡くなった人の魂が「この世」にやってきてひと時一緒に過ごすお盆。
迎え火でお迎えして、仏壇を飾り、お料理を作り、盆踊りをし、海に繰り出し、畑を練り歩き、できる限りのお接待をする。
竜舞いを披露する広島県比婆山の山村、お祓い五幣を帆柱いっぱいに飾って迎える島根県隠岐の島、大阪紀淡海峡の沼島、奄美、青森、岩手県遠野、日本各地で、「あの世」を思い、「この世」を生きる交流が繰り広げられる。
あの世の魂に接することで、いつかは旅立つわが身に安どの気持ちが宿り、この世に生きる喜びと感謝を精一杯さらけ出すのだ。
そして送り火を焚いて、また来年の再開を約束する。
日本が今こうしてあり、世界でも注目を集め、やって来た外国人が一様に虜になるニッポン。
一朝一夕に築かれた文化ではない。根深く、日本人全体に染み込んでいる魂が魅力ある国を形成しているのだ。
いろいろな歪や矛盾は多少あっても、ゆるぎない伝統と文化をこうして守り、伝えていこうとする民衆のエネルギーを感じる思いだ。
明日16日はいよいよ送り火の日。
京都五山には大文字、船形などの灯がともり、奈良高円にも火がともる。

南海に ブーゲンビリアは 今日も咲き


The soldiers who died in the fierce battlefield of the South Pacific must have surely seen this bougainvillea. Please rest peacefully while watching this flower.
明日8月15日は終戦記念日である。戦後生まれが80%を超える今は、もう戦後という言葉自体に現実味がない。
戦争はテレビや動画のヴァーチャルの世界にあるものであって、ゲームの世界である。
戦後73年、自分の生涯でもあり、振り返れば長くて変化にとんだ73年だった。
実に平和で、物はあふれ、時には大災害にはあったが、国全体が大困難に直面したことはない。
有り難いことだが、あの戦争があったからこうなることができたのか、戦争が無くてもこうなることが歴史の必然なのか、詮索しても意味のないことかもしれない。
しかし、こうして戦後何年という節目節目に歴史を振り返り、これからのことを考えることは意味のないことではない。
今目の前に咲くブーゲンビリアを見ても、南太平洋の島々で亡くなった人たちも、きっとこの花を見たに違いないと思うとき、この人たちが今の日本を見てどう思うだろか。
今は確かに平和だが、実に危うい平和だ。いつ戦争になってもおかしくない火種は世界のあちこちにある。
国内を見ても、2020年の東京オリンピックの話題が多いが、50年前、1964年の東京オリンピックと比べてももうひとつ勢いが感じられない。
これをきっかけに何とか国勢を立て直そうとしている意図を感じるが、前のオリンピックは溢れる勢いから自然発生的に開催されたように思う。
どこに出かけても老人が溢れ、昔はもっと活力があった繁華街にも勢いがない。聞こえてくるのは中国語ばかりだ。
昔は良かったという老人の懐古趣味ではないかと自問もするが、それだけでもなさそうだ。
2020年は戦後75年、四分の三世紀の節目になる年だが、なんとかもっともっと元気な社会に成ってほしいものだ。

この暑さ 浮き世もよそに ヒツジグサ


Water-lily is quietly blooming in the pool of the park where you can hear the voices of children basking in the water.
今日は「盆入り」の日で、「迎え日」である。
と言ってもこれは、これは旧盆であって、東京方面は新盆で行うそうだ。
暦に新暦と旧暦があるのに合わせた日取りで、今はほとんどすべての行事が新暦に基づいていることが多い。
新盆は、7月13日が「盆入り」、7月16日が「盆明け」。旧盆は、8月13日が「盆入り」、8月16日が「盆明け」である。そして、いずれも間の14日、15日が「中日」という。
お盆に限っては、旧盆が幅を利かせているわけだが、新盆のあたりは、祇園祭や、天神祭りのように神道系のお祭りが目白押しで、さあこれからいよいよ夏だぞ、頑張らなくっちゃというので、新盆の影が薄い。
それに比べて、旧盆は8月中旬の夏もピークの頃で、このあたりでひと休み、「盆休み」にしようかということで、日本全国、会社も仕事もお休みになる。
故郷に帰ってお盆を祭り、お墓参りをし、昔馴染みと寛いだりとのんびり過ごしすことができる。
今日もニュースで言っていたが、日本人はどうも休みを取りたがらない。政府もだいぶ前から休暇を取るように奨励しているが、このお盆の時期でも、丸まる1週間休みを取る労働者は50%を満たないそうだ。
フランスなどは1カ月くらいの休暇を取るのが普通だそうで、日本は国際水準からすると、休暇の取り具合は最低ランクだそうだ。
しかし、どちらがいいのか。国民性の違いの原因はいろいろあって、日本には日本の特質がある。
日本人は働くのが面白いんだ。それに比べて、西洋人は、仕事は生きるため、食うためであって、決して面白いことではない。だから「レジャー」が必要なんだ。憂さ晴らしだね。
なーんて言っていたら、今の時代、笑われるかね。
精霊流し』でも聞くとするか。

劔見て 血は沸きたてど 夏の夢


Mt. Tsurugi was a mountain that I wanted to climb once. I am only gnashing my teeth by looking at the breathtaking figure  reflected on TV.
昨夜はNHKテレビで『北アルプスドローン大縦走~剱・立山~』という番組があった。
そこで、立山弥陀ヶ原台地から流れ落ちる称名滝、そこから立山を経て剣岳とドローンを使った映像が放映された。懐かしい映像ばかりだ。
剣岳は一度は登りたいと思いながらとうとう登ることができなかった山である。
薬師岳から一度、立山から一度と2回チャレンジしたが、二度とも悪天候に見舞われ断念した経緯がある。
剣岳は標高2,999mと3,000mにたった1m足りないという山で、日本には3,000m以上の山が21峰あるが、たった1mでその列には入れなった。
とはいえ、危険度においては日本一で、1959年から2016年の約60年間に345人が亡くなっているという魔の山だ。
昔から修験者の山としても有名で、記録では、初登頂者は、明治時代になっての国土地理院職員ということになっているが、その後頂上には奈良時代の物と思われる錫杖の一部が見つかって、もうすでに1,500年も昔に登頂されていることが分かり、関係者に衝撃を与えたという。
テレビで見ていても、足のすくむ思いで、今はとてもとても登れる山ではない。
槍ヶ岳から穂高岳の間にある大キレットは経験があるが、それでも、よくこんな危険なところに挑んだものだとつくづく思う。
ドローンで見る山の風景も、今の時代だ、とても踏み込むことができない場所を鮮やかに見せてくれる。
しかし、やっぱり、この足で、この目で、訪れたい気持ちには変わりない。

アデニウム 月の砂漠に 咲いた薔薇


Adenium is also called “desert rose” because it makes a pretty red flower bloom even in a dry desert area.
近くの植物園に行ったら、温室にこのアデニウムが赤い花を咲かせていた。
熱帯地方の砂漠に自生し、可憐なその姿から「砂漠の薔薇」という別称があるそうだ。茎がもっこりしていて、いかにも砂漠の植物、水分をたっぷり含んでいそうな感じだ。
今では日本でも観葉植物としても人気があるそうで、花を咲かせるには管理が大変だという。
砂漠と言えば、連想するのは『月の砂漠』という歌。
大正から昭和初期のいわゆる大正ロマンのころに作られた歌で、当時ラジオから流れるこのエキゾチックな童謡が瞬く間に広がったそうだ。
森繁久彌やダーク・ダックス、井上陽水、石原裕次郎といった歌手から今に至るまで多くの有名歌手も歌っている。
自分にも思い出があって、
幼稚園に通っているとき、お遊戯会があって、この曲に合わせて園児がダンスを踊ることになった。
ところが、体を壊し幼稚園を休んでいたぼくを心配して、先生がわざわざ大きな蓄音機を提げて我が家に来て下さり、お遊戯を熱心に指導していただいたことを思い出す。その情景はいまだに頭に鮮明に残っている。
以来、カラオケに行っても必ず一番に歌うのがこの『月の砂漠』だ。
『月の砂漠』

そよと揺れ レモンスライス 蝉の声


The heat has been lasting and a continuous chorus of cicadas sound all around. When Lemon-slices blooming in the garden sways in the gentle breeze, I forget the heat for a moment.
昨日8月9日は長崎に原爆が落ちた日です。
長崎、原爆で思い出すのは、藤山一郎が歌った『長崎の鐘』。今でも中高年がカラオケに行くと歌う人が多いと聞きます。
この歌には多くのエピソードがあります。
歌に歌われた主人公は、長崎医科大学の永井博士。
医療の最中に放射線を浴び、余命3年と宣告されたのですが、いっそう医療に励む中、1945年8月9日、長崎の原爆に被爆します。自身、ガラスの破片で大量出血したのですが、応急手当てをして被爆者の救援に向かいます。たくさんの被爆者の治療を終えて帰宅すると、最愛の妻が真っ黒こげで亡くなっていました。その首に架かっていたのがロザリオ。ご夫婦ともクリスチャンであったからです。悲嘆にくれるいとまもなく、被爆者の治療に当たる博士の姿に人々はイエスの姿を見たそうです。
戦争が終わり、博士はベッドに伏せる日々を送りますが、その噂はローマ法王にも届き、特使が見舞いに訪れます。天皇陛下も見舞いに訪れ、ヘレンケラーも見舞いに訪れます。
この博愛に満ちた博士を歌にしたのが、この『長崎の鐘』です。
作詞のサトウハチロウも最初は出版社の、ウケを狙った企画と断ったのですが、真相を知って全身全霊で作詞したとか。作曲を引き受けた古関裕而も同じです。
涼し気に揺れるレモンスライスを見ていて、ふと口ずさんだ『長崎の鐘』のことでした。

踊り子の 鬢(びん)もほつれる 夏の伊豆


The wind that blows from the sea is very cool on the Izu plateau by Shimoda Kaido. This sight is reminiscent of a dancer who appears in “Izu no Odoriko”.
川端康成の名作『伊豆の踊子』に出てくる下田街道は、東海道三島の宿から伊豆市湯ヶ島、天城峠、河津町をたどって下田に至る総延長およそ80㎞の街道である。山あり峠あり、高原あり、名瀑ありの実に変化にとんだ道筋には温泉が散在し、高原からははるかに初島が浮かぶ相模湾が一望できる。
『伊豆の踊子』は、19歳の一高生が道すがら知り合った旅芸人一行の少女に淡い恋心を抱きながら同道し、ついには分かれるという哀愁物語でもある。
伊豆や箱根も今ではすっかり開発され、快適便利にはなっているが、もう『伊豆の踊子』の名残はわずかだ。
天城峠も新しいトンネルができ、たくさんの車が行き交い、どこも人が溢れている。
夏ともなれば、海岸海岸は色とりどりのパラソルが花咲き、嬌声が飛び交い、夜は打ち上げ花火でうるさいくらいだ。
これも時代の流れ。お互いに恋心を抱きながらも、それを打ち明けることもできず同道する旅路はもう昔物語の世界だ。
変わりゆく風景の中に、初島は海の向こうに浮かび、広がる大海原だけは変わらない。

あら涼し 暦通りに 秋立つ日


August 7 is the first day of autumn in the traditional Japanese calendar. I had a cool morning as the calendar this morning. However, I think that autumn will not come as it is.
昨日8月7日は立秋である。この日を境に、はがきや手紙のやり取りには「暑中」という言葉に代わって「残暑」の言葉を入れて様子伺いをする。
今年の気候は異変続きで、梅雨が明けるとすぐに40度を超す気温が続いたり、台風が関東に上陸して西に進んだり、今も台風13号が関東上陸をうかがっている。
この台風、台風12号とほぼ同じコースをたどっているのに、今度は上陸したら東に進むという。
この台風のせいで、立秋の日は関東以北は軒並み気温が下がり、9月中旬の涼しさになったという。
関西は立秋の日は相変わらず35度を超える猛暑日になったが、今日8日は気温がぐっと下がり、朝方にはキリギリスか何か虫の声を聞いたくらいだ。
しかし、この涼しさも点が与えた慰みでこのままでは済まないだろう。予報で見ても明日から34度、35度と出ているから、つかの間の涼しさだったということになる。

暑いなら いっそ温泉で 暑気払い


We tends to eat cold things and cool down the body because it is hot, but conversely it is effective to overcome the heat by submerged in hotter hot spring.
写真は秋田県湯沢市の大湯(たいゆ)温泉。大湯温泉と名の付く温泉は3カ所あるから湯沢大湯温泉といって区別する。皆瀬川沿いにある小安狭温泉(温泉宿17軒)の一部とされるが、ここからさらに奥に入った温泉宿1軒という「日本秘湯の会」に数えられている温泉である。
日本人の温泉好きは外国でも有名である。泉源数約28,000カ所は、この狭い国土であるからいたるところ温泉があるといっても過言ではない。しかもまだその38%が未利用というからまだまだ秘湯はあるわけだ。
この湯沢大湯温泉もそうだが、河原を掘って自分で湯舟を掘って入浴というところもいっぱいある。
宮崎県だったか、山奥にドラム缶が一つデンと置いてあって、そこからは湯があふれ出ているという温泉もあった。放ったらかしでご自由にという温泉だ。
有名な野沢温泉でも、いたるところに温泉があって簡単な掘立小屋になっていて出入り自由。畑仕事を終えた人と語り合うということもあった。
今は男女別々という温泉が多いが、もともとはそんな風習はなく、混浴が普通。混浴とかそうでないとかという意識がもともとなかったわけだ。
ひところは混浴も減ったが、最近はまた復活してきたのかあっちこっちの見受けられる。
あの有名な熱海でも、今はどうか知らないが、市中のど真ん中に大衆温泉があってここも混浴。高島田を結った芸者さんが入っていることがあって、子供心に綺麗だなと思ったこともある。
興ざめたのは、信州白馬を下ったところに蓮華温泉があるが、登山道のすぐ横にあって、登山客からも丸見え、男女混ざり合って疲れをいやしたものだが、それから何年もたって訪れたら、男も女も水着を付けて入浴している。水着を付けて入らなければならないのなら入るなよと思ったものだ。
日本の学生などが語学研修目的で外国の民泊を利用することも多くなったが、日本人客は毎晩入浴するので宿主が顔をしかめることもあるという。
外国で香水が発達したのもこうした事情で匂いを隠すためで、日本人にはそんな必要もない。たいていの家に風呂があり、近くに清流が流れ、ため池があり、温泉もある。暇があれば水に浸っているのが日本人だ。
さて、今日はスーパー銭湯にでも行くとするか。