アラビアのロレンスと今


 

2016年年明け早々から『テルアビブのパブで銃乱射、9人死傷』というニュースが飛び込んできた。

イスラエル中部テルアビブ(Tel Aviv)中心部にあるパブと付近のカフェで1日、男が銃を乱射し、2人が死亡、少なくとも7人が負傷したという。

続いて2日には、イランでアラビア大使館が襲撃され、3日にはアラビア政府が直ちに対抗処置としてイランとの外交関係を断絶を発表。アラブ諸国を巻き込んでの大騒動になっている。

昨年末パリのテロ事件が起こって以来、世界のあちらこちらでISもしくはそれに関係する勢力によるテロ事件や未遂事件が相次いできたが、どれも火種は中東にある。

またかという思いか、お正月気分に浮かれてかそれほどの衝撃も日本人には与えなかったようだ。

それよりもびっくりしたのは1月6日の『北朝鮮、4回目の核実験「初の水爆実験」と発表』のニュースだ。テレビや新聞では1日中このニュースでもちきりだった。

いずれにしろ、これからの世界を暗示するような嫌なニュースの年明けになった。

北朝鮮による核実験騒動は日本では大きく取り上げられ、一日中その報道でもちきりだったが、世界的にはやはり中東問題が深刻だ。

イスラム宗派間の対立問題に加え、十字軍以来のキリスト教徒とイスラム教徒の争い、キリスト教徒とユダヤ教徒の2000年来の対立、国を持たない最大の民族クルド人の反乱や同じく現国境を超えた国を自称する「イスラム国(IS)」の対等、さらにはそれらすべての対立の背後にうごめくユダヤ系巨大資本、冷戦以来いまだに対立が続くアメリカと旧ソ連今のロシアの政治的対立、まあこれほど複雑に絡み合った対立のるつぼはないのである。中東アジアが『世界の火薬庫』と言われる所以だ。

エジプトの名優オマー・シェリフ(Omar Sharif)さんが昨年2015年7月11日に亡くなった。ご存知の方はおられるだろうか。

1962年に『アラビアのロレンス』で砂漠の民ベドウィンの族長アリ(Sharif Ali)を演じてアカデミー賞にノミネートされ、また同映画と、その後に主演した『ドクトル・ジバゴ』では、ゴールデングローブ賞を受賞した名優だ。

砂漠の地平線の彼方から陽炎に揺れながらやって来る長ロングショットで華々しく登場するベドウィンの族長アリ。ピーター・オトゥール(Peter O’Toole、2013年12月14日死去)が扮するロレンスに付き従い、アラブの独立のためにオスマントルコに立ち向かう雄姿が今でも瞼に浮かぶ。

彼が生前、世界的な名声を得たことについて複雑な思いを吐露。「『アラビアのロレンス』に出演せず、世界的に有名になっていなかったとしても、それはそれで幸福だったかもしれない、わからない。」と述べていたという。

『アラビアのロレンス』こそ、今のアラブ世界の混乱を招いた元凶だという歴史の真実を知るに及び、映画とはいえそこに出演した複雑な思いに、彼は胸を痛めていたのだろう。

アラブ世界を束ね栄華を誇ったオスマントルコの凋落を幸いと、新たな植民地獲得に血眼になる帝国主義諸国、イギリス、フランス、それにロシア、中でもイギリスの二枚舌外交、三枚舌外交という謀略に載せられたアラブの民族独立運動は裏切りと不信だけに遭遇した。イギリスの謀略の先兵になったのがまさに『アラビアのロレンス』だったわけだ。

利権だけを根拠にした勝手な国境の線引き。アラブの分断。ユダヤの強大な資本をもとにイギリス、アメリカが後押ししたイスラエルの建国。オスマン帝国時代にはクルド州にいた3000万のクルド人などはトルコ、イラク、レバノン、ヨルダン、シリアなど、帝国主義諸国によって勝手に線引きされた諸国に分散させられ、その国々においては少数民族に追いやられた結果、迫害と人種差別、民族差別だけが待ち受けていた。

民族の独立と国家建設をエサに、西洋諸国(背後には石油の利権を牛耳るロスチャイルドのようなアメリカやイギリスの大資本家がいる)にとって不都合な、時の政権打倒に利用され、また時には国家の反乱者に仕立て上げられ、親米的なアラビアやアラブ首長国連邦の王族だけが富を独占するいびつな近代化がなされたのが中東アラブである。

アラブ諸国、イスラエルとパレスチナ、中東アジアに繰り広げられる報復と憎しみの連鎖は断ち切りようのない深刻さを増しているのだ。

それに胡坐をかいていたのが西洋社会であり、日本も無関係ではありえない。

今年正月のパリの風景は異様だった。例年なら世界から押しかける人で込み合うシャンゼリゼは閑散とし、特に日本人はほとんど見かけなかったという。

繰り返されるテロに世界が震撼しているのだ。我が蒔いた種、自業自得と言えぬこともない。

『アラビアのロレンス』は確かにいい映画だったし、ロレンス自身はアラブを愛し、イギリス情報将校の立場を忘れるものがあったかもしれないが、彼もまた国家のエゴに加担し、歴史の大波に翻弄された一人のイギリス人だったのだ。


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