何曜日だったか、NHKに「ためしてガッテン」という番組がある。夜8時の番組で、この時間、受験生を看ているのでめったに見られないのだが、たまたま時間が空いたのかチャネルをひねるとこの番組だった。
話題は「えのき氷」という耳慣れない調理番組で、エノキダケ300gに400mlの水を混ぜてミキサーにかけ、ペースト状にしたエノキジュースを30分ほど火にかけてあとは冷やす。それを製氷皿に流して冷凍庫に入れると出来上がるという。
それを味噌汁に入れたり、カレーライスに入れたり、キノコご飯にしたり、とにかく何に入れても美味しく、中性脂肪は減るやら、余分なコレステロールは除けるやら、いいことだらけ。
その真偽はともかく、作り方も簡単だし、おもしろそうだし、さっそく翌日この「えのき氷」作りに挑戦とあいなった。
近くのスーパーに行くと二度びっくり。エノキダケが入口付近に山と積まれている。商魂たくましいというか、昨夜のNHK番組を知っての作戦に違いない。
普段はいくらで売っているのか知らないが、一袋300g位であろうか、58円は安い。ともかく3袋買って、勇躍家に持ち帰り、作り方を確認するためにパソコンを開いたら、あるはあるは、「えのき氷」の検索に引っかかるWebページがごまんとある。ぼくが知らないだけで、もうすでにこんなにも知られているんだ。
氷にするのは保存するためだそうで、製氷皿に盛った残りでさっそく野菜スープの出汁代わりにしてみた。味に鈍感なのか、テレビのタレント達が騒いでいたほどには美味くはない。まあしかし美味いんだろう。エノキダケの味は残っているし、若干甘みもある。
しかし思うんだが。誰がこんな調理法を考え出したんだろう。このことのほうがよっぽど気になった。キノコをジューサーで粉砕して、とろ火で長時間煮ると、美味しくてしかもキノコキトサンとかトレハロースが効果を出し、中性脂肪やコレステロールが減り、血液がサラサラになるなんて、額面通りにはにわかには受け取れないが、人の知恵には感服した。
たぶん多くの食品が、こうした人知の集積なんだ。歴史に名が残る発明発見とこうした衆知が合わさって今日の世界があることを再認識させられた。
落ちがあります。
3日後同じエノキダケの袋が98円になっていました。
TPPに参加すべし
TPPに参加すべきか否か、今や国論を二分して喧しい。
大まかに言って、輸出を生業とする産業界は参加に賛成。輸入によって打撃を被ると考えられる分野に人たちは反対といったところだ。
旗振り役は一方が経団連に対して農協といったところか。もちろん事情はそんなに単純なことではなく、医療、法律、介護、雇用など様々な分野に関わってくるわけで、大げさに「第二の開国」とさえいう人までいる。
この問題はもう1年以上も前から俎上に上っていたわけだが、このところなんだか駆け込み論議といった感がある。途中「東北大震災」があり、TPPどころではなかったという筋もあるが、果たしてどうか、多少はそんな事情もあったであろうが、日本特有の「盗人をとらえて縄綯い」が実態であろう。
かくいうぼくもTPPに関心を持ったのも最近で、メディアを通して知れば知るほど本当に難しい問題だとつくづく思う。
800%近い関税に守られている米をはじめ多くの農産物は手厚く国内で保護されているが、関税が取っ払われたら海外から安い農産物がどっと入り込んできてひとたまりもない。いやそんなことはない、品質や安全性が違うから大丈夫だという意見もあるが、多くの庶民はそうはいっていられない。多少品質が落ち安全性に不安があっても今やますます安いに越したことはないという台所事情だ。
日本農業を守るためという名目で「戸別所得補償制度」が実施されるそうだが、さらなる補償を手当てしなければ到底守り切れるものではない。ただでさえ保護に次ぐ保護で温室育ちの日本農業はますます自立できなくなること請け合いだ。
そのほか医療、法律、介護、雇用もそうだが、医療保険制度が崩れるとか、労働条件が厳しくなるとか様々な理由で反対するが、結局は国内法で何かと保護されてきた既得権益が無くなることで反対しているようにしか思えない。
大局的に見れば、これから先も輸出でしか生きていけない日本はTPPに参加し、むしろ積極的に貿易自由化の方向に向かうのが得策だと思う。
反対派はどう見ても既得権にしがみつこうとして国民的・国家的観点には立っていないようだ。国際社会の荒波に揉まれたほうがよい。
それだけではない。これから先の外交戦略の面からも、アメリカの魂胆はともかく、アメリカと手を結んでいくのが、対中国政策にも有効に作用する面があるように思う。
今の中国はやはり危険だ。
アメリカは日本よりも中国に関心があるからアメリカに傾斜しないほうが良いという意見もあるが、それは経済面だけのことで、思想信条面、国家体制という面では中国とは相いれないと思っていると思う。
私信 ーストレイシープさんへー
えらいことになってるんだね。
でもね、よーく考えなくちゃいけないよ。
一郎君をはじめ、来栖家の人たちがどういう人たちかよくわかんないけど、
至極平凡なことを言ってるんじゃないかなぁ。
平凡なことがたまには我慢ならないことってあるよね。
でもね、その我慢ならない平凡が、人が生きていく上で大切な真理を含んでいることもあるよ。
何も平凡に合わせろと言ってるんじゃないけど、
飛び出た人ほど、それが我慢できなくてなかなか理解できないんだよね。
夏の農道でよく目撃したんだけど、
ミミズがコンクリートの農道でたくさん干からびて死んでいるのね。
実にたくさんなんだ。
どうしてこんな炎天下の農道に出てくるんだろうね。
土の中でいるほうがよっぽど涼しくて居心地もいいだろうにね。
退屈したんかなあ?新天地を求めた勇者なんかなあ?
いろいろ考えてみるんだぁ。
いちど生物学者に聞いてみたいんだけど、不思議でたまんないよ。
でもね、我々人間だって、お天道様から見たらそんなミミズと同じかもしんないよ。
地道に地道に生きることは辛抱がいるよね。
「非凡なる凡人」て言葉、昔々学校の教科書に出ていていまだにこうして覚えているんだけど、
本当に非凡な人は、凡に徹し凡を制する人なんだよ。
凡と対立するようでは非凡になれないんじゃないかなあ。
うん、わかっているよ。
何も非凡を求めてるわけじゃないってんでしょ。
難しいよね。
できたら、何も壊さないで、そして夢を実現してほしんだよね。
ストレイシープさんへ
iPhoneと行く秋
いつからか、夜明けを待たず散歩に出る習慣ができた。そのときいつも手にするのがiPhoneである。こんな朝早くにまさか電話はあるまいに持ち歩くのが決まりになっていることもあるが、iPhoneから流れる音楽が明け行く風景に溶け込んでいく中、まどろみから覚醒していく心地よさを感じたいからだ。
iPhoneは音質がとても良くてイヤホーンなしで音楽を聴くことができる。仕込んだ曲はクラシックあり、演歌あり、懐メロあり、エスニック、タンゴ、シャンソン、アイリッシュ何でもありで、シャッフルしてあるから次にどの曲が飛び出すか知れたものではない。実に支離滅裂だ。歩調もそれに合わせて、ダンスの足取りになったり、スローテンポになってみたり、「悲しみのアダージョ」が流れ出したら足取りも重くなる。
やがて行く先に日が昇り始めると、iPhone内臓カメラの出番だ。このカメラも実に優れもの。画質は一眼レフにも劣らない。惜しむらくはズームが利かないことだ。
明け行く空の風景、道端に咲く花々、枯草、湖舟の釣り人、今は深まりゆく秋を追っている。
さあ、お天とう様、今日も一日、ぼくを生かしてくださいよ。
私信 ーそれでも秋がー
九月のかかりに、あれっもう秋かな、と感じる日がありました。そんな日も2,3日。もう九月も半ばを過ぎましたが、連日の暑さには閉口いたしております。
その後いかがお過ごしでしょうか。昨年の今頃は、肺がんの手術を2回もなさって、その大変さと入院病棟の涼しさとが相まって世間の猛暑便りも蚊帳の外、そんな感想も漏らしておられましたが、今年の暑さにはさぞ参っておられるのではないでしょうか。
手術後の経過も順調で、お聞きするところ、畑仕事にも精を出され、食欲も旺盛でダイエットを盛んに気になさっておられるとか。なんと申し上げたらいいのか、お元気はいいのですが自信過剰は禁物、体調管理にはもう少し気を配られたほうがいいのではと老婆心ながら申し上げたい気持ちです。
それでも確かに秋は近づいてきましたね。稲の刈取りがあちらこちらで始まり、稲の切り株からまた新たな芽が青々と出てきているのもあれば、まだ手つかずの稲田もあります。その畔にはお彼岸を前にあの真っ赤な彼岸花が目立ち始めました。湖岸には例年のようにアユの稚魚が群れを成して遊弋しています。もう少しすると湖岸にびっしり群れを成し、勢い余って湖岸に跳ね上がり干からびるアユも出始めます。昨年は何とかこのアユを掬い取りたいと網を買ってきましたね。ダメでしたね。今年も挑戦してみますか。
今年も本当にいろいろなことがありました。3月11日のことは言うに及びません。あんな天災はめったにあるものではありません。日本国中いまだに右往左往していますし、今後何年かかって復興ができるのやら、被災された方にはお気の毒としか言いようがありません。
昨日はテレビで、東北地方の人たち100人が取れたてのサンマをトラックいっぱいに積んで東京にやって来て、せめてものお返しだと、テントを張って、ながーい炭火コンロで焼き立てのサンマを東京の皆さんに振る舞っていました。涙が出ましたね。
東北地方の人たち、中でもお亡くなりになった人たち、取り残された人たちには申し訳ありませんが、この方々のおかげでどれだけ日本国民が浄化され、温かい心を取り戻し、子供たちには最高の教育機会を与えたことでしょう。
さっそくサンマを買ってきましたよ。本当に今年のサンマは美味しい。丸々太っていて実に脂の乗りがいい。でも、テレビでも言っていましたが、今年は三陸沖は水温が高くてサンマが寄り付かず、北海道沖まで出かけねば取れないそうです。またこれも心配です。
今度お伺いするときはサンマの美味しそうなやつを持って伺います。今年は大根はまだですか。あれば最高なんですがね。それとあの手作りの柚子ポン酢がね。
ゴーヤ
この夏はよく食べた。開けても暮れてもといった感じだ。なぜって?
この夏が始まるころだったと思うが、テレビで京セラが社屋の壁面をゴーヤを這わして夏の節電対策にするという報道があったのが動機と言えば動機で、だからと言って壁面に這わしたわけはでなく、小さな畑で三つか四つ苗を買ってきて植えてみた。
かわいいもので、ずぼらして水やりを忘れても日に日に育っていき、夏の初めには初収穫。光沢のあるいぼいぼは逞しく、いかにも精の付きそうな野菜である。
調べてみると、「ゴーヤ」ではWikipediaにも載っていない。たどりたどって、「ツルレイシ-Wikipedia」で初めてゴーヤにたどり着いたわけだが、「ゴーヤ」は沖縄地方での呼び名で、正式には「ツルレイシ」または「ニガウリ」ということだそうだ。水溶性のビタミンCが豊富で、苦味成分は健胃効果があって夏バテにはもってこいとのこと。
このゴーヤ、初めて食べたのが昨年の夏。名前も知らなくて生徒に聞いて初めて名も知ったわけだが、そのお母さんがさっそくゴーヤ料理を作って持ってきてくれた。豚肉と味噌で煮込んだもので、最初は「なんじゃ、この苦さは」と正直思ったが、食べるごとに調理もうまいのか病み付きになりそうな苦さがある。それからというもの、時々ゴーヤを買ってきては見よう見まねで何度か食したわけだ。
今年はそのゴーヤができるはできるは、ほかの野菜と一緒に炒めたり、リンゴとバナナとネーブルのジュースに加えたり、余ったやつは陰干しして「ゴーヤ茶」にしてみたり、まさにゴーヤ三昧。おかげで今年は熱中症にかかることもなく、何とか夏も越せそうだ。
ゴーヤさまさまである。
上海の夏
お盆のころから鳴き出したツクツクボウシもこのところすっかり勢いをなくし、近くの田んぼもすっかり黄ばんできた。お百姓に聞くと9月初めには刈り入れに入るとか。もう今年の夏も終わりだ。
そういえば、先日中国上海の夏の様子がテレビで放映されていて、懐かしくいろいろなことが思い出された。
上海の夏も暑い。しかも日本と同じで蒸し暑いからたまらない。ただ,日本と比べていいところが一つある。それは,最近日本ではめったに見られなくなった夕立が時折あるということだ。それも日本の夕立と違って実に大陸的だと思えるのだが,遠くで雷の音がしているなと思っていると,間もなく砂塵を巻き上げながら猛烈な突風が吹き出し,黒雲が空いっぱいに広がるや否や稲妻が走り,耳をつんざくような雷鳴がとどろきはじめ,それこそ天からバケツの水をひっくり返したような激しい雨が降ってくる。高層マンションの20階に住んでいたんだが,まるで大海原で時化にあったような心地だ。やがてそんな嵐のような夕立が1時間かそこらあたりで止むと気温も一気に下がり,昼間の暑苦しさがうそのようになる。窓を開けると冷気さえ感じるくらいだ。
気分を良くして外に出るともう夕飯時だ。ただでさえ多い街中の食堂以外に道端のあちこちににわか食堂や屋台が所狭しと出現し、仕事帰りの人たちや外食を求めて集まる近所の人たちでにぎやかなこと。中国人は食べている時がいちばん幸せなんじゃないだろうかと思えるくらいだ。本当に安くて美味しいから無理もない。
もう満腹。このまま帰ると体にもよくないと、すっかり日も暮れた街中を歩いていくと、近くの公園からブギウギバンドが聞こえてきた。公園の薄明かりの中で多くの人たちが取り囲み、中でまた多くの男女がブギウギを踊っている。驚いたことに、夜会服を着て踊っているペアーがいたり、仮面を冠って踊っている人もいる。取り囲んでいた人も中に入り踊り出す。みんな実に楽しそうだ。ブギウギだけではない。チャチャチャもあれば、フラダンスもある。
いつの間にかもう踊っていない人がいないくらいだ。ダンスをしたこともないぼくも誘われるまま見よう見まねで踊っていた。
尾瀬を訪ねて
尾瀬は一度は訪ねてみたいと思っていた。
以前5月の連休に、東北地方を旅行した際立ち寄った会津磐梯山で、たまたま水芭蕉が咲いていて、ああこのころには水芭蕉も咲くんだと思ったこともあって、今年の5月の連休、気軽な気持ちで尾瀬を訪ねてみることにした。尾瀬の入り口、大清水を目指したが、途中、片品村に「みずばしょうの森」の案内板があったので立ち寄ってみると、意外や意外、かなり広く水芭蕉が群生していてみごとに花を咲かせている。水芭蕉を求めて尾瀬にやってきた人はここに立ち寄るんだろうか、おそらく素通りしてしまいそうな穴場だ。そして肝心の尾瀬はまだ残雪深く、軽装備でしか来なかったもので大清水入口で入山を断念した。
というわけで、この夏尾瀬を再度訪ねることになった。
今回も大清水から尾瀬に入る計画で、最初の宿は尾瀬戸倉の「尾瀬パークホテル」に取った。何時にチェックインできるのかわからないので夕食は予約していなかったが、予定より早く到着したのでさっそく夕食を申し入れた。すぐにはOKは出なかったが、間もなく準備ができたというので食堂に入ると、とんでもない豪華な夕食。シカ刺しに牡丹鍋の小なべ、山菜におでん、そのほかとてもとても食べきれないほどの料理の数々。いくらの夕食だろうと心配になったくらいだ。翌朝チェックアウトする際に宿泊明細を見てびっくり仰天、夕食抜きで予約した料金、いくらだったか、確か8000円足らずといったところだったが、ほとんど変わらずの8000円をわずか出た程度。何か間違いではないだろうかと宿の主人に確認してみると間違いはないという。わからん。神に、いや宿の主人にただ感謝としか言いようがない。
ラッキーと言えば、計画した尾瀬の2泊3日はすべて雨の予報にもかかわらず、どの日も真っ青な青空に夏雲が浮かぶ登山日和。さらに、当初の計画では大清水から尾瀬に入る予定だったが、宿の主人から、大清水からではなく鳩待峠から入山した方がいいですよとアドバイスを受け、結果、これが大正解。大清水に下りてきて感謝、感謝になるわけだ。「先達はあらまほしきこそ」は間違いのない真理であることを実感した。
さて、宿の主人のアドバイス通り、乗り合いタクシーに乗って鳩待峠に向かった。
鳩待峠から尾瀬ヶ原入口の山ノ鼻まで3.3㎞は朝もやが残る林間を下るだけ。ただ先日の豪雨の爪痕があちこちに残っていて、応急処置の木橋や木道がところどころにある。山ノ鼻では鳩待峠でボランティアのガイドから勧めらえた尾瀬研究見本園巡りに加わった。ガイドはボランティアのご夫婦。モウセンコケや池塘(湿原に点在する池)の不思議の説明を受ける。鳩待峠のボランティアガイドといい、ここのご夫妻といい、心のこもったガイドで、これからの尾瀬めぐりがどれだけ楽しくまた心強く思ったことか、本当に尾瀬を愛されている姿に心から感動した。
見本園巡りを終えて、ここからは尾瀬ヶ原のメインコース、牛首分岐、竜宮を通って約6.6㎞、木道をたどる尾瀬ヶ原縦断コースを行く。後に至仏山、前に燧ヶ岳を見ながら湿原に咲く花々、特にこの時期には池塘に咲くヒツジ草(スイレンを小さくしたような花で午後2時(未の刻)に開花するところから由来する名)を求めての遊歩となる。竜宮小屋で昼食。尾瀬パークホテルで作ってくれたおにぎり弁当がまた美味い。ホテルの主人にまたまた感謝。腹ごしらえを終えると再び木道をたどる。道中、清流の橋の影で見かけたイワナ、もう咲ききってクマの大好物になる水芭蕉の実と沼地に残るクマの足跡、緑一色の尾瀬に咲くコオニユリやサワギキョウ、だだっ広い平原にポツン、ポツンと頼りなく立つ白樺の幼木、真夏の太陽も心地よい尾瀬歩きは次の宿、弥四郎小屋まで続いた。
2011年の夏
早いものでもう8月も3日になってしまった。
夏と言えば、お盆がピークのような気がするが、いつもの夏のようになんとなく高揚感がわかない。
昨年は酷暑酷暑の夏で、個人的にも健康面で落ち込んだし、いい夏ではなかったが、今年の夏は世の中全体が晴れない雰囲気でいやだ。
一番の原因はなんといっても東北大震災であろう。震度9なんて地震はそう滅多にあるものではない。いまだに時折流れる当時のビデオを見ても、あれはCGとしか思えない。この世の出来事とはとても思えないのだ。その後も日本のあちこちで震度5を越える地震が頻発し、このままではひょっとしたらもっと大きな地震が起こって、日本列島全体が地球規模の地崩れで日本海溝に落ち込んでしまうのではなかろうかと心配になってくる。
大地震そして津波と、これだけでもへこんでしまうことなのに、福島原発事故がいっそうそれに拍車をかけ、今や日本列島全体が放射能汚染で恐怖に慄いている。
腹が立ってしょうがない。地震、津波は人間の力ではどう防ぎようもない。しかし、福島原発事故はそうではないからだ。想定外想定外とよく言われるが、東北地方大地震のマグニチュードは9.0で20世紀以後に起こった地震では世界第6位なのである。マグニチュードは10までを想定されていて、地球規模の地殻変動とか恐竜が絶滅したとされる小惑星衝突による地震はもちろん想定していない。マグニチュード9.0は明らかに想定内だし、9.5の地震が現に起こっているのである。
それが、大地震が起こり、津波が起こり、冷却用の主電源が切れたら稼働するはずの補助電源が津波をもろに受け稼働しなかった。そしてメルトダウンにメルトスルー。チェルノブイリを越える有史上最大規模の原子力事故に。
うん?うん? こんな稚拙な原子力発電所をよくも作ったものだ。こんな事態は想定内と誰も判断できなかったの?人災以外の何物でもない。
金にはならないからと言って日本全土から広葉樹林を駆逐して今や売り物にならず放たらかしのスギ、ヒノキに替え、水防と水資源確保しか目になく作った数多くのダムが海岸線を細め、溜まった土砂で半分もダム機能が果たせなくなったり、全国いたるところに作られた高速道は二酸化炭素と窒素酸化物をまき散らし、スギ花粉と合わさって全国民に花粉症、喘息、ひいては肺がんの増加をもたらし、ゆとり教育で学力差を助長し、また今度は落ち込んだ学力回復のためと教科書の先祖返りをしたり、学級崩壊、先生、生徒の精神障害増加、
いったいこの国の指導者はどこまでのことを考えて国策というものを考えているのだろう。稚拙だ。実に稚拙だ。よって来るものは自己の栄達と保身、その場しのぎの場当たり主義。国の借金900兆円はその象徴だね。
それでも日本は世界でも冠たる地位を築いたじゃないか?
バカ言ってんじゃないよ!
どうしようもない政治家たち、国民の血税に群がる吸血鬼的高級公務員、年収1億円てそれに見合った仕事をしてるの?そんなに価値ある人間なの?と思いたくなる各電力会社やこれに類する会社の役員たち。
こんな穀つぶしどももしょって日本は生きていかなきゃならないんだからたいへんだ。
国民は超一流、政治行政は三流以下って世界が見ているのもむべなるかな。その通りだよ。
東北地方の人たちのがんばり、なでしこジャパンの快挙、それでも今年の夏は気分が重い。
小さな親切
今歩いている農道は狭い。曲がりくねった先に白い軽トラが止まっている。気に留めることなく、田んぼの片隅に作ったちょっとしたお花畑を眺め眺めゆっくり歩いていくと、軽トラのエンジン音が聞こえた。ぼくが通り過ぎるのを待っていてくれたんだ。ああ悪いことをしたとお辞儀をして運転席を見ると、麦藁帽にタオルを巻いた農家のおじさんがニコッと笑って挨拶を返してくれた。その笑い顔がいい。たぶんぼくよりは年下であろうに、慈愛溢れたオヤジの顔だ。うれしいねぇ。こんな瞬間の得も言われぬ幸福感。朝一番のこの出来事は一日中余韻を引いた。
昔、東大総長の茅誠治先生が東大の卒業式式辞で卒業生に贈った次の言葉がきっかけになって「小さな親切運動」が日本中に巻き起こったことがある。
「小さな親切」を勇気をもってやっていただきたい。
そしてそれがやがては、日本の社会の隅々まで埋めつくすであろう、
親切という雪崩の芽としていただきたい。
茅先生の言葉を聞いてかどうかは、そして「小さな親切運動」が功を奏してかどうかはともかく、確かに小さな親切に助けられたり、遭遇することはよくある。
車に乗っていて、割り込んでくる車に道を譲ると直後、ハザードランプを点滅させて挨拶する車が最近よくあるが、これだけでも心が和む。言葉を交わさずとも心通わせることができる。
外国人の友人からも、日本人から受けたちょっとした親切がどれだけうれしかったか、よく聞くことがあるし、それを聞かされただけでも心がジーンとなる。
今回の東日本大震災で外国メディアが伝えたに日本人の心の豊かさは、日ごろ培われた「小さな親切」の集大成かもしれない。
https://www.youtube.com/watch?v=zcddMwUvgAU