日本の戦後教育
学徒出陣によってあたら「死」に追いやられた若い学生たちの遺書には無念がにじみ出ていて、涙なしには読めなかった。昔、「きけわだつみの声」でも読んだが、幾度読んでも深く胸に迫るものがある。
そして思ったことだが、こういうものがあることを小学校や中学校で教わっただろうかということだ。「きけわだつみの声」にしても、高校生の時、夏休みの宿題として出された「読書感想文」の素材として、確か出版社のパンフレットから自分で探し出したように思う。
ブログ「昭和の遺書」の下にリンクを張った「★☆★ 昭和の遺言 ☆★☆」は「You Tube」の動画から選んだ『神風特別攻撃隊の言霊』だが、この動画も朗読も初めて目にし耳にしたものだし、学校時代にこんな類の教材にはお目にかかったことがないように思う。
これを読んでもらっている皆さんの中には、いや学校で教えてもらったという人がいるかもしれないが、おそらく「学校」ではなく先生から教えてもらったのだろう。そんな人は幸いだ。
日本の学校教育はかなり中央集権制の強い制度になっていて、教科書検定をはじめ教育現場の仔細に至るまで差配している。だから国の教育の在りようが 、その時には普遍性があり常識的だと考えられている考え方や歴史観にやはり偏ってしまう傾向がある。
戦後日本の「平和教育」は第二次世界大戦敗戦を受けての「懺悔教育」であり、その方向にもっていこうとする戦勝国側の意図が働いていたのも確かだ。
19世紀末から20世紀初頭にかけての、いかに自分たちの支配地域を拡大するかに腐心した帝国主義時代に、新興国家日本の勢いを恐れていたアメリカをはじめとする連合国諸国はやっとその勢いを止め得たと同時に、これから先もその勢いをそぐためのあらゆる方策を考えたわけだ。そのためには、朝鮮や中国、そしてアジア諸国に対して日本がどれだけ悪事を働いたかに目を向けさせ、広島や長崎で行った人類史上最大で最悪の大虐殺に日本国民が目を向け、そこから湧き起こるかもしれない「愛国心」から目をそらさねばならなかった。元来自省心の強い日本国民はまんまとその意図に乗せられ、だから上にあげたような「きけわだつみの声」だとか、戦争にまつわる実に素朴で人間的な情愛に絡まる話だとか記録などは、戦争賛美につながり、反アメリカ、反戦勝国につながる恐れがあるとして学校で取り扱う教材としては極力避けられた。
その影響力は戦後60年経った今も歴然として存在し、我が国の行く末さえ定かにできない状況を作り出しているのだ。
教育は、ひとりひとりの人生を築く礎を授けるものであり、同時に国のありようを決定づける根幹でもある。
「きけわだつみの声」や、人間の様々な側面を描いた魅力あふれるDVD,「You Tube」にみられるような貴重な記録などがもっともっと教育現場でも使われて、真の「平和」とは何か、真の「愛国心」とは何か、真の「人類愛」とは何か、過去のトラウマから解き放たれた自由闊達な「新教育」を実現しなければならない。
昭和の遺書
田母神論文に思う
嫉妬
今日孫娘が来てくれた。まだ1歳になったばかりだから、もちろん両親に連れられての来訪だが、実に可愛い。ひょこひょこと上手に歩き、笑顔を振りまき、どの仕草もまさに天使だ。それでも両親にとっては大変なこともあるんだろうが、その大変なことから解放されているぼくにとってはただ「可愛い」だけだ。小さな手足を巧みに使っておもちゃをいじったり、手押し車を走らせたり、一人でキャッカキャッカ遊んでいる。今は目の前にあるものすべてが興味の対象だ。触ったり舐めたり全神経を使って「物」を確かめている。こうして今から生きる世界を認識し、生きるすべを学んでいくのだろう。これから80年は生きていくんだろうから、西暦2090年くらいまで生きることになる。ぼくにとってこれが実に羨ましく、妬ましい。生きることができるならば何年でも生きたいが、100%無理なことだから悔しい。
時々「長生きしたくない。」とか「早く死にたい。」とか本気かどうか、軽々に言う人がいるが、ぼくにはどうしてもこういう人の気持ちが理解できない。未来永劫の「生」を願望するぼくにとってはそんな人たちから残りの「生」を譲り受け、かき集めたいくらいだ。で、そんなに長生きしてどうする? 放っておいてくれよ! 2090年の世界を孫娘と一緒に見たいだけだ。
「心なき 身にもあわれは知られけり ・・・」と歌った西行は、人は生きるとしても40歳までだ、あとは老醜をさらすのみ、と格好よく言って、結局72歳まで「老醜をさらした」わけだが、老醜をさらしてもぼくは生きたい。街を歩いていても若い人たちを見ると、この人たちはまだこれから5,60年は生きるんだ、とすると西暦2060年から2070年までか、羨ましいなあ、悔しいなあ、とそんな計算ばかりしてしまう。
自分が生きていて、いつかはこの世から消えてしまうという自覚をどうして与えてくれたんだ、と誰を恨んでいるのか、もし創造主というものがあるならばそれを恨んでみたくもなる。
こんなぼくはきっと極楽往生はできまい。「生」の未練に引きずられてその時もがき苦しむに違いない。極楽往生する人はきっと潔い人たちなんだ。
ブナ林見学会
秋の夕暮れ
今日の泊まりは山一つ越えた川筋の民宿だ。まだこれから小一時間。ぼつぼつお腹もすいてきた。しかしなぜか足が進まない。何とも言いようのない寂寥感がこの夕闇の中に漂っていて、この夕闇の中に消えていってしまいそうな自分を感じる。都会の雑踏の中にいる時感じる寂しさとまた違った寂しさだ。
この寂しさは何だろう。秋の夕暮れに感じるこの寂しさは。限られた命でしかない自覚がふとよみがえるのかもしれない。あの暑い夏、青々とむせかえるように広がっていた田圃も、今はこうして刈り取られた根っこの株だけが整然と並び、その上で籾殻を焼く煙は「鳥辺山の烟」と同じかもしれない。
曼珠沙華-ひがんばな、まんじゅしゃげ、まんじゅしゃか-
♪♪♪ 曼珠沙華 ♪♪♪
GONSHAN GONSHAN 何処(どこ)へゆく。
赤い御墓(おはか)の曼珠沙華(ひがんばな)、
曼珠沙華、
けふも手折(たお)りに来たわいな。
GONSHANS GONSHAN 何本か。
地には七本、血のやうに、
血のやうに、
ちゃうど、あの児の年の数。
GONSHAN GONSHAN 気をつけな。
ひとつ摘んでも、日は真昼、
日は真昼、
ひとつあとからまたひらく。
GONSHAN GONSHAN 何故(なし)泣くろ。
何時(いつ)までとっても、曼珠沙華、
曼珠沙華、
恐(こは)や赤しや、まだ七つ。
〔語注〕 GONSHAN=九州柳川方言で、GONは「権」で素封家、SHANは「ちゃん」、あわせて、良家のお嬢さんまたはお嫁さん 曼珠沙華=まんじゅしゃげ、山口百恵の歌では、まんじゅしゃか
なんて艶やかでかつ野暮ったい花なんだといつも思う。
9月23日お彼岸のころになると、稲もたわわの畔に、あちらに一群れ、こちらに一群れ、手前に一二本ポツン、ずっと先に群れをなしてと、咲き乱れるという風でもなく咲いていて、それでいて人の目を惹きつけてやまない、確かに秋の光景だ。
向こうのほうの田んぼのあぜ道を、真っ赤な日傘をさして、どこかさびしげな、そして危なっかしい足取りで歩いてゆく女が、ふっと現れ、ふーっと消えていった。
高校生の時、楽譜が読めるようになって、いろんな楽譜を買ってきて読み漁ったことがある。「日本歌曲全集」と言ったかどうか、かなり分厚い歌曲集の中にこの「曼珠沙華」を見つけ出したときの感動は今も覚えている。
「ごん しゃん、 ごん しゃん、 どこへ ゆく」、山田耕作作曲で北原白秋作詞のこの曲だが、日本民謡風でもあり、子守唄のような旋律でもあるような、また御詠歌のような雰囲気をもった歌だなあ、と思ったが、それ以上に歌詞の意味を考えてもみなかった。
今こうしてもう一度、歌詞を読み、口ずさんでみると、あの曼珠沙華の咲く景色と、これから深まりゆく秋の気配が、何とも言いようのない寂しさで迫ってくる。
幼くして亡くした児をふつふつとさせる曼珠沙華なのか、事情があってこの世に生み出せなかった赤子がこの曼珠沙華なのか、人はみな、思うに任せない現身(うつせみ)を生きているのだ。
どうか、わが児だけは殺してくれるなよ。
アメリカの若者たち-PTSD-
これらイラクやアフガニスタンのゲリラ戦を制圧するためにアメリカの多くの若者たちが徴兵され、戦場に駆り出されている。世界一自由で豊かな国を自負するアメリカで何不自由なく暮らしてきたアメリカの若者たちにとって、上官の命令には絶対服従を強いられ、「撃て!」と言われれば撃たねばならず、「殺せ!」と言われれば殺さなければならない戦場は、まさしく阿鼻叫喚の世界だ。そうした若者たちの多くが無事祖国に帰還できた後もPTSD(心的外傷後ストレス障害)で苦しみ、大きな社会問題になっているアメリカの現実が、先日、NHKのドキュメンタリー番組で取り上げられていた。
アメリカ政府のこうした政策がはたして正しいのかどうかは別にして、平和に暮らしている一市民にこれだけの犠牲を強いる国家権力とは一体何なのか、何の根拠に基づいて強いられるのか、十分に考えてみなければならない問題だ。
と同時に、日本政府が、そして世界の多くの国々がこのアメリカの政策を支持するならば、日本がこのイラクやアフガニスタンの問題にただ戦費の拠出だけで済ませ、アメリカの若者たちの命を贖っている事実に目をそらしていていいのか、大いに問題だ。
町内に凶悪犯が潜入し、自警団を組織したとき、「我が家の家訓によりそんな物騒なことには係わりません。」と例え上乗せした分担金を拠出したとしても、それだけで済ましたとしたら町内の人たちはどう思うだろう。
日本国憲法を盾に、いわば逆手にとって、国際社会の無理難題を潜り抜け、戦後日本の復興を図ってきたことは紛れもない事実だ。今も、この憲法は幸か不幸か、わが日本の若者たちを、アメリカの若者たちが直面している塗炭の苦しみから守っている。
かたや、街の至る所で携帯電話をピコピコする若者であふれ、かたや、戦場で明日の我が命も知れず、人の命を奪ったことで苦しみ抜く若者たちがいることを、アメリカ国家、日本国家という範疇ではなく、人間として人類として考えていかねばばらない。
誰が我が愛する息子、娘たちをあたら戦場に送ることを望もうか。
多国籍軍の人的損害状況 (イラク戦争のみ) | ||
アメリカ合衆国軍 | ||
年度 | 戦死 | 負傷者 |
2003年 | 486 | 2,416 |
2004年 | 849 | 8,004 |
2005年 | 846 | 5,946 |
2006年 | 822 | 6,411 |
2007年 | 902 | 6,103 |
2008年 | 160 | 1098 |
その内米軍は1687名(約40パーセントがIEDによる死者ということになる)
※2008年4月までの集計
その他の多国籍軍 |
国 | 戦死 | 国 | 戦死 |
イギリス | 176 | ラトビア | 3 |
イタリア | 33 | ルーマニア | 3 |
ポーランド | 23 | オーストラリア | 3 |
ウクライナ | 18 | エストニア | 2 |
ブルガリア | 13 | オランダ | 2 |
スペイン | 11 | タイ | 2 |
デンマーク | 7 | ハンガリー | 1 |
エルサルバドル | 5 | カザフスタン | 1 |
スロバキア | 4 | 大韓民国 | 1 |
グルジア | 4 | チェコ | 1 |
北京オリンピックそして中国②
こちらは熱い夏もやっと峠を越し、気温27~8度、とてもしのぎやすくなりました。
そちら青島はどうですか。
中国悲願の北京オリンピックもなんとか無事終わり、さてこれから中国および中国国民がこの成果をどう生かしていくのか、★☆★ チベット問題 ★☆★ (この映像が頭から離れない。;現在この映像はなぜか削除されている。;また復活!;再び削除中!;★☆★ これ ★☆★もいずれ・・・)、新疆ウィグル問題、自由と人権の問題、環境問題、社会的格差と汚職の問題、そしてここにきて陰りを見せ始めた経済問題など等、これからが試練だと思います。
中国人たちも100年の鬱積を一気に払いのけ、これで大いに自信をつけたでしょうから、これまでのような偏頗な自己満足や狭隘な愛国主義に走ることなく、世界との真の意味での連帯感を深める方向に向かえば、中国人のみならず世界にとっても同慶の至りです。
「国威発揚のため」と言われようと、「演出過剰」と言われようと、「人権抑圧下の祭典」と言われようと、あれはあれで中国流の精いっぱいの「おもてなし」であり、先進国への仲間入りの「大見え」なのだと思います。
考えても見てください。
13億人もの人たちを束ねていくことの難しさと束ねそこなった時の恐怖感がどれほど現在の中国の為政者たちに付きまとっているか。
歴史を振り返ればわかることですが、中国という国は1949年以前には存在したことはありません。「中国4千年の歴史」とかよくいいますが、それは中国という国が4千年間続いてきたということではありません。ある時は漢民族であったり、ある時はモンゴル民族であったり、またある時は満州族であったり、今でいう中国の土地を支配してきた国は様々なのです。日本という国が千年とか二千年とか続いてきたというのとはわけが違います。現「中国」は高々50年の歴史しか持たない国なのです。イスラエルという国が20世紀に誕生したように、中国も20世紀に誕生した新興国家なのです。しかもチベット族、ウィグル族、モンゴル族、満州族といったそれまでに大きな土地を占有していた多民族をも含めて「中国」が誕生したわけです。すべて「共産主義」の御旗を掲げての誕生なのです。いわば20世紀最大の実験国家なのです。無理を承知でできた国ですから、それを束ねていくことの困難さは外部世界の人たちには到底理解できないし、「世界の非常識が中国の常識」といった価値観の逆転が起こりうるわけです。
そんなことを考えるとき、あの開会式といい、閉会式といい、まことに立派であったとまず素直に感動を伝えましょう。そしてそれを支え、あれだけの大事業を成し遂げ得たのは、やはり13億人の、農民をはじめとする(中国)人民があってこそなのだということ、自由を求め、独立を求め、人権確立を求め、正義を求めたが故に、反体制側に回った人たちと、奇しくも四川大地震のような自然災害に見舞われた人たちの命と血によって購われたものだということも忘れてはなりません
遠慮はいらない。世界の常識は中国の非常識を常に糾弾していかねばなりません。中国人民のためにも。