梅雨に濡れ 祈る大師に 生身供(しょうじんく)

Japan’s Greatest Monk, Kukai is still alive after 1200 years.  This morning, too, three monks are carrying it while getting wet by tsuyu in order to deliver breakfast to the great monk.

高野山奥の院の突き当りに弘法大師空海の御廟があります。空海は入定(にゅうじょう、死)の一年前にここに廟所を定め、予告通り翌年の835年3月21日に永遠の瞑想に入りました。その時以来、空海は今もなお御廟で世界平和と人々の幸福を願い瞑想を続けています。

「生身供」は空海入定以来1200年を経た今日まで、1日2回、瞑想を続ける大師に食事を届ける大切な行事になっています。

仏教はおよそ500年前後に伝わり、聖徳太子が『三経義疏』、法華、勝鬘、維摩を著して日本に広まりましたが、あくまでも輸入仏教で、日本に日本仏教としての礎を築いたのが、弘法大師空海であり、伝教大師最澄です。

空海の教えは真言宗として、最澄の教えは天台宗として広まります。そして真言宗は京都から遠く離れた高野山に金剛峯寺、天台宗は京都を見下ろす比叡山に延暦寺に本拠地を置きます。

天台宗は時の権力との結びつきも深く、後には織田信長によって末寺まで含めてことごとく焼き討ちに会う運命を辿りますが、真言宗は信長自身が高野山に墓所を持つほどの信仰心を持っていました。

最澄も空海には一目置いていたようで、空海に教えを請うたと伝えられています。